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イギリス・ウェールズの歴史ーカムログ

ウェールズ語ではウェールズの事をカムリ(仲間)と言います。歴史深いウェールズに触れて下されば嬉しいです

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バイトしないと暮らせなかった江戸時代のサラリーマン武士たち

歴史イベント

武士のサラリーマン化の始まり

僕が主催している歴史会の中で、江戸時代の武士の給料はどのくらい貰っており、どんな生活であったのか?という話がありました。

武士の給料の内容を簡単にNさんは話してくれました。 

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 ・江戸時代以前は土地の領主である戦国大名などが家来に土地を与えてその土地からの年貢を得たり、支配権(関所の通行税など)から現金収入を得たりしていました。
直江兼継で有名な直江氏は、直江の港の支配権を持っており利益を得ていたそうです。

・江戸時代の初期は、戦国時代の仕組みが残り幕府や主君から土地を受給しそこから得る年貢を収入にしたり、下級武士は主君から俸禄米で給料を得ていました。

しかし土地権利から得る年貢収入にはいくつかの問題がありました。
(知行制といいます)

   ・検地がいいかげんで収穫量が異なる
   ・土地によっても収穫量が異なる
   ・もらう土地がとびとびで年貢回収が難しくなった

・このため江戸時代後期には、知行制から給料としてお米を貰う俸禄制へと変化しました。つまり武士のサラリーマン化が始まったわけです。しかし、武士の生活は苦しかったようです。

●生活苦の武士はバイトで稼ぐ

200石の俸禄がある武士の場合、実収入は80石でした。
たとえば10kg・・・3000円、1石・・・150kgで計算しますと(1石=5万円、で約1年間の1人分の消費量)で、この武士の年収は約450万円となります。 

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 しかし様々な生活を圧迫する問題があり、内職をしないと生活は成り立ちませんでした。・このクラスの武士は従業員を5人雇い、馬をも持たないといけなかった・米価が下落し続け、実収入は減っていった・天候不順があると収入は安定しなかった。などです。

このため江戸には「口入れ屋」と呼ばれる、短期アルバイトのあっせん業が
盛んになりました。幕末には江戸だけで400か所程、大きいところでは常時100人程度が登録していたそうです。 

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中には参勤交代の行列に参加するバイトもあったそうです。常に大名行列をしているわけではなく、人目が多い場所でのみ人を雇って行列をつくっていたそうです。
しかし、参勤交代が廃止になってからはそのバイトがなくなり、打撃を受ける人も多くいたそうです。

江戸時代の武士は苦しい生活をしていましたが、生活に追われていたわけでなく、俸禄をやりくりしながら、四季の移り変わりを楽しみ娯楽を楽しみ活気ある生活を送っていたようです。この点は私たちも学ぶ点がありますね。

●中世イギリス騎士の給料は??
江戸時代の武士の給料は苦しいものでしたが西洋戦士たちの給料はどうだったのでしょうか?私が最も興味を持っている、イギリスの12世紀頃の戦士の給料を簡単に調べて計算比較してみました。

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 当時はイギリスとフランスが100年戦争で争っていたり、イギリス国内ではイングランドウェールズスコットランドを征服しようと戦いを仕掛けていた時代でした。

 

  騎士・・・月給144万円 ⇒年収1700万円+ボーナス720万円

  騎兵・・・月給72万円  ⇒年収850万円

  弓兵・・・月給36~60万円⇒年収425~720万円

  石工・大工など職人・・・月給72万円  ⇒年収850万円

 

と換算できます。この給料でどのくらいの暮らしができたのか?日本の米に対して、欧米人はパンを主食にするので小麦の価格で比較してみました。13~15世紀の物価は突発の上昇下落はありますが比較的安定しており、小麦価格は以下になります。

     1クォータ(約225㎏、291リットル)・・・130ペンス⇒約4万円

 

1クォータとは一年間に一人が消費する小麦の量で、ほぼコメの一石に相当する量です。この価格を考えると、主食のコメと小麦の価格には大きな違いはなく、日常生活費も同レベルであったのではと推測されます。 

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 中世の戦士たちは江戸時代の武士と異なり、戦場に出て命の危険にさらされるため給料が高かったのではと思いますが、生活レベルの観点からは江戸時代の武士の給料はちょっと少なくアルバイトが必須だったと思われますね。

 

・次回は今回計算してみた給料に関する内容で、世界遺産となっている13世紀に建設されたイギリスのビューマリス城について、当時の人件費を考えて建設が中断になってしまった理由をお話いたします。

 

●おまけ

イギリスの騎士アーサー王について僕の考えを纏めた電子書籍です。ご一読いただけると有難いです。

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