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イギリス・ウェールズの歴史ーカムログ

ウェールズ語ではウェールズの事をカムリ(仲間)と言います。歴史深いウェールズに触れて下されば嬉しいです

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勘当され活躍した武将たち

ウェールズ、レアな偉人伝 歴史上人物 使える歴史

親や兄弟から勘当され、ふらふらと流浪生活を送っていたが人生逆転!

そのきっかけは何だったのか?そんな武将の話をします。 

 

◎気性の荒い猛者武将

徳川家康の従兄弟、水野勝成は大坂夏の陣で、城内に討ち入り97もの首を取ったと言われる大活躍をしました。その武勇をたたえて、勝成は「鬼日向」ともいわれました。そんな勝成ですが若い頃はフラフラと放浪生活をしていました。

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 その原因は

二十歳の頃、父忠重の家臣を斬り勘当されたことでした

 

勝成の欠点は非常に気性が荒い点で、軍令を犯したり気に入らない主君は次々と変える厄介者で勘当される以前もたびたび父親とは仲違いをしていたようです

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 このため、様々な主君を渡り歩き熊本、肥後、備前などを点々とする長い放浪生活を余儀なくされました。武勇にはスバ抜けて優れ行く先々で武功を上げ称えられました。

勝成の転機は、やはり武勇を買われてか再び徳川家康の臣下となり、家康の仲介でようやく15年振りに父忠重と和解したことです

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しかし、性格が災いし大坂夏の陣でも活躍はするものの命令に逆らい家康の逆鱗に触れてしまいました。それが元で関ヶ原の戦いの後には三万石程度の刈谷城主にしかなれませんでした。秀忠の時代にようやく備中、備後に十万石の領土を与えられ、福山城を築きました。勝成の人生は気性が原因で勘当されたり評価がえられなかったりしましたが、逆に放浪生活で多くの主君を知り、武将としての器は広がったのではと思い魅力的な自分物であったのではないかと思います。

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勝成が建てた福山城

 

 

勘当された武将!!を考えていたら勝成の気性の荒さとは異なり、「ぐうたらヤサ男」に愛想をつかした姉に勘当されたウェールズ王が思い浮かびました。

 

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その王の名は

グリフィズ・アプ・リウェリン (Gruffydd ap Llywelyn)

数少ないウェールズ全域を統治した11世紀中頃の王です。

 

ウェールズのうつけ者、勘当される

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当時はウェールズも戦国時代でした。グリフィスが16歳くらいの時、父リウェリンが亡くなり治めていたグウィネズ国(現在の北部ウェールズ)は領土を狙っていたイアゴに取られてしまいました。グリフィスは隣国に逃れポウィス国で過ごし

^\ました。グリフィズ国を取り返そうという意気込みは全くなく、僕はまっぴらごめんと無能で怠惰な青年期をダラダラと送っていました。何度言っても動こうとしない「ウェールズのうつけ者」に愛想をつかした姉は、とうとうグリフィス青年を勘当して家から追い出してしまいました。

 

「二度と返ってこなくていいわよ!」

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◎目が覚めたうつけ者

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行くあてもなく途方に暮れたグリフィス青年は流浪生活を送りました。ある時、腹が減って良い匂いが漂ってくる村人の家の中を覗き込みました。鍋では肉団子がぐつぐつと煮られており、料理している人が何やら文句を言っていました。 

 

「やっかいな肉団子だ!この1だけ何度鍋に入れても飛び出してきやがる」 

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グリフィスは、はっと我に返りました

「俺は底に沈んだ肉団子になってはダメだ。あの飛び出してくる肉団子の様に、やられてもやられても敵に対して力ずよく抵抗して父の国を取り戻さないと・・・煮え切らない生活を送っていてはだめだ・・・・

 

この肉団子鍋が転機となって、グリフィズ青年はぐうたら生活をやめ、ポウィス国に戻り兵力を蓄え反撃のチャンスを待ちました。

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◎大支配者に変身

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そして32歳ごろの時敵イアゴが暗殺された隙を突き、グウィネズ国を取り戻しました。更に勢いに乗り西部のデハイバース国や南部のモーガンウィグ国も奪い取り、ウェールズ全土を治めました。ウェールズの歴史において全域を統治した数少ない王の1人で、イングランドからの攻撃も防ぎ一時ではありましたがウェールズに平和をもたらしました。

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◎おまけ・名前の由来

グリフィズ・アプ・リウェリン (Gruffydd ap Llywelyn)の中でap は~の息子という意味で、リウェリンの息子グリフィズになります。英語で表すとGruffydd the son of Llywelynの表現になると思います。中世頃は苗字はなく名前だけで、また同じような名前が多く誰が誰か分からなくなるので、自分の名前の後ろに親の名前を付けていました。日本で同じことをすると、けん の あきら(けんの息子あきら)となるのでしょうか。各国の名前の付け方も面白いですね。

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最後まで読んでくださり有難うございました。

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