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イギリス・ウェールズの歴史ーカムログ

ウェールズ語ではウェールズの事をカムリ(仲間)と言います。歴史深いウェールズに触れて下されば嬉しいです

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孫子的に準備していたら、天下分け目の戦いはどうなった?

使える歴史 ウェールズ、レアな偉人伝 歴史上人物

◎天下分け目の戦いで遅刻してしまった!! 男たち

と言えば、皆さんは誰を思い浮かべるでしょうか?

僕は、関ケ原の戦いに遅れてしまった徳川秀忠もう一人思い浮かびました。

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◎秀忠の大遅刻には理由あり

1600年の関ヶ原戦いでは、秀忠は38000の大軍の指揮を任され中山道から近江を目指しました。しかし、真田昌幸・信繁ら率いるわずか2000真田軍の抵抗に合い、上田城攻めに手間取ってしまいます。上田城の攻略を諦め関ケ原に急ぎましたが、天候不順による川の氾濫などにもより到着が遅れてしまいました。

結局、関ヶ原本戦に5日も遅れてしまい、戦いには間に合わない失態を犯してしまいました。秀忠は面会を求めましたが、家康は激怒ししばらくの間対面してもらえなかったそうです。

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◎無能でなく業績残した秀忠

関ヶ原に遅参したり生涯を通して大した武勲を挙げたことがないことなどにより、秀忠はできの悪いバカ息子と思われがちですが、決してそうではなく、公家諸法度・武家諸法度を制定したり、娘の婚姻関係により朝廷との関係も強化するなど、幕府の基盤を固めた功績は十分にあります。ただ、父家康が偉大すぎその陰に隠れてしまった感はあり、父に認められようと必死に頑張りますが逆に裏目にでてしまった様で、そんな姿に人間らしい好感を感じますね

 

天下分け目の戦いで遅刻してしまった!!

という言葉を考えていると、

イギリスの天下の分け目の戦いで大遅刻!!

を犯してしまった人物を思いだしました。その男の名は、

 

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エドモンド・ブラックアダー」です。

 

ばら戦争の戦いに寝坊で大遅刻!

中世イギリス(正しくはイングランド)王室であるランカスター家とヨーク家の間で起きていた「薔薇戦争」。その最後の戦いとなった天下分け目の戦いである、「ボーズワース野の戦い」でエドモンドは寝坊により大遅刻をしてしまいまいました。

 

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慌てて部下と共に馬を飛ばし戦場に向かいますが時は既に遅く、祖父リチャード三世と父リチャード四世率いるヨーク軍が勝利し軍は引き上げ、天下分け目の戦いは終わっていました。うろたえるエドモンドは、馬泥棒と間違い祖父リチャード三世を斬り殺してしまいます。更には、傷ついた敵側のヘンリー・テューダーを自宅に連れて帰り介抱してしまいます。新たなイングランド王としてリチャード四世が戴冠しますが、失態を続けたエドモンドは・・・・

 

 

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◎実は作り話です

これはイギリスBBC放送の連続ドラマ『The Black Adder』のフィクションで、ミスタービーンでお馴染みのローワン・アトキンソンエジンバラ侯爵エドモンド公をユーモアたっぷりに演じています。

実際の天下分け目のボーズワース野の戦いは、ランカスター軍を率いるヘンリー・テューダーがヨーク軍率いるリチャード三世に勝利し、ばら戦争は終結しました。リチャード三世は戦死し、ウェールズ直系のヘンリー・テューダーがヘンリー7世としてイングランド王として戴冠しました。リチャード四世もローワン・アトキンソンが演じるエドモンドもドラマだけの架空人物です。歴史背景を知ってからドラマを観ると、ドラマと実際のギャップをとても楽しめました。

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※因みに敗れたリチャード三世は、シェークスピアを初めとし「名高き悪王」として描かれています。実際はどうであったのか?DNAも鑑定され色々な事実が分かったようです。詳しくは下記をご覧ください。

真の悪王・悪代官なんていなかった! 暴かれたリチャード3世の秘密! - ウェールズ歴史 偉人エクスプローラー

 

◎最後に孫子的に考えてみた!

やばい、遅刻してしまう!なんでもっと早く出なかったのだろう?今度は遅刻しないようにするぞ!と何度も思うのですが・・・・約束の時間をきっちり守ることは、ビジネスの場では特に大切ですよね。

 

遅刻しないように!「孫子の兵法」ではこう解釈できます。

 

用兵の法は吾が待つを以て有るを恃む

(起こしたくない事態に対して、事前策をしっかりと取っておく)

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このためには

「先に戦地に処おりて敵を待つ者は佚いつし、後おくれて戦地に処りて戦いに趨おもむく者は労ろうす」

先に戦場に到着して敵を待ち受ける方はユトリがあり、後から戦場に駆けつける方は余裕が無く苦しい戦いを強いられる

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⇒約束の時間より30分前には着き、予め調べておいたカフェでゆったりと時間調節と打ち合わせなら準備をしておく。

⇒寝坊しないように目覚ましは5分間隔に3つ以上セットする

⇒時計を少し進めておく(あまり進め過ぎると気が緩んでしまいますが・・)

 

徳川秀忠が事前策を講じて、関ケ原の戦いに間に合っていたらどうなっていたのか?

・大きく歴史がこう変わった??

 (西軍が寝返らなくても勝てた?そうすると勢力地図はこうなって、関ケ原はこうなった・・・寝返った武将達は・・・)

それを想像していると・・・歴史は面白いですね。

 

最後まで読んでくださり有難うございました。

たなかあきら著のこちらもご覧ください。

Amazon.co.jp: 6人のアーサー王を追え! (ウェールズ歴史研究会) 電子書籍: たなかあきら: Kindleストア

 

また次回。 

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