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イギリス・ウェールズの歴史ーカムログ

ウェールズ語ではウェールズの事をカムリ(仲間)と言います。歴史深いウェールズに触れて下されば嬉しいです

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あるブリタニア騎士の苦悩と秘宝を持つまでの物語

イギリスの歴史 ウェールズの歴史

 

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コツコツと頑張る日々

 

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それは4世紀のブリタニアでした。ある所に1人の騎士がいました。
その騎士は、パダンと呼ばれる青年でした。

ブリタニアの北部のマナウ国、現在のスコットランドで、パダン青年はローマ帝国の命令に従って、寒い厳しい環境の中を任務についていました。

 

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ブリタニアローマ帝国の属国であった時代なのです。その任務はブリタニアの領土を狙う敵の襲来に備えて、国境付近のアントニヌスの城壁を警備することでした。

 

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「こんな仕事やってられるかよ、何でローマ帝国の軍人だけいい思いをして、俺たちブリトン人が一生懸命に働かなきゃならないんだよ」

 

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そんな不満の声がパダン青年の周りからは聞こえてきました。

しかし、パダン青年はそんな雑音には耳を貸さずに一生懸命に働いていました。そして何とか家族や仲間たちの暮らしを支えていました。

ブリタニア:現在のウェールズイングランドスコットランドの一部

 ブリタニアに住む人々の事をブリトン人と呼ぶ

 

自分を信じ生きていく


「アイツはローマ帝国に逆らうのが怖いから、真面目に働いているフリをしているんだろう、腰抜けな奴だ。」

 

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ダン青年はこみ上げてくるものをグッとこらえて心の中でつぶやきました。
「言いたい奴には言わせておけ、僕は僕の信念で一生懸命に生きるだけだ。」

 

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※図中のGoutodinと書かれている付近、http://www.historyfiles.co.uk/より

 

世の中の状況をしっかりと見極める

 

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ある時、ブリタニアの北部で大規模な反乱が起きました。多くのブリトン人たちは反乱側に見方をしローマ帝国に立ち向かおうとしました。そんな時もパダン青年は黙々とローマ帝国軍に従い、任務を続けました。

 

「今こそ我らブリトン人の力を示してローマ帝国に対抗するべきだ。ローマ帝国軍をブリタニアから追い出すんだ。いまが絶好のチャンスだ!」
「なのに、なんでアイツは俺たちブリタニア軍に加わらず、ローマ帝国軍の手下になっているんだ?ローマ帝国に魂を売った裏切り者だ!」

 

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ダンは歯を食いしばり、涙を流しながらもグッとこらえローマ帝国軍に従いました。

ブリタニアローマ帝国と戦っちゃだめだ。ブリタニアは弱すぎる。ローマ帝国に従って平穏を得て実力をためて行かないと」

  

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やがて反乱はローマ帝国軍によって鎮圧され、反乱軍に加わった者は次々と立場を失っていきました。ブリトン人達が罰せられるのを横目に、パダンは涙を流しながら心の中でつぶやきました。

「きっと僕らの時代はくるさ。」

 

ローマ帝国に認められる日々

 

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ダンはその真面目さと誠実さで徐々にローマ軍に一目を置かれるようになってきました。

 

「アイツは大した奴だ。他のブリタニアの奴らと違って、ずっと俺たちローマ軍に文句も言わず変わらず従っている。奴の誠実さの魂はきっと高貴な家柄なんだろう」

 

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ダンの姿を見て、ブリトン人たちも次第にパダンに信頼を寄せるようになってきました。

「アイツ、結構えらい奴だなあ。俺たちはブリタニアの為を思って争うことばかり考えていたけど、争ってもまた次の争いを呼び、いつになっても争いは収まらない。ローマ帝国に従ってブリタニアのみんなと協力し合う方が、得策かもしれないなあ」

 

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ダンが住んでいたマナウ国だけではなく、アルトクラット国、ノーザーンブリテン国、などのブリタニアの国々も誠実にローマ帝国に従い協力するようになりました。

 

「ほお~、パダンとやら、目立たぬ存在だがなかなか見どころのある男のようだ。一度会ってみたいものだ。」

ダンの噂はローマ皇帝の耳にまで届くようになりました。

 

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「はっ、ローマ皇帝ウァレンティニアヌス閣下、お目にかかれて光栄に存じます。」
「君の功績はよく聞いている。褒美にこの紫のマントを授けよう」
「有難き幸せ!」

 

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ダンローマ皇帝から受け取ったのは、ローマ高官しか身につけることを許されていない紫のマント、レッドローブでした。この紫のマントは、パダンのシンボルとなり、パダン・レッドローブと呼ばれるようになり、ブリタニアでも人気者となりました。

 

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そのブリタニアでは、各国の長たちはローマ帝国から長官に任命され自治することを許されました。もちろんパダンもマナウ国の長官となりました。

 

伝説の始まり

 

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ダンが身につけたレッドローブはブリタニア13の宝物の一つとなり伝説として語り継がれました。

善き家柄で誠実な者にはピッタリのサイズとなる
無作法者が着ようとしても落ちてしまい、決して着ることができない。


相手を倒して自分の領土を広げていくのではなく、争わずに均衡を保ちながら実力をつけて基盤をしっかりして自分たちを守っていく、このことが長年の繁栄につながる、
というパダン達の精神はブリタニアの国々に浸透して行ったのではないかウェールズスコットランドの当時の歴史を見ていてそう思います。

 

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※このお話は多くのフィクションを含んでおります。

※パダン青年は、4世紀中頃にブリタニア北部のマナウ・ゴドッディン国(現在のスコットランド)の首長をしていたパダン・ベイスルッズをモデルとしています。パダンの孫たちがウェールズに移り住みウェールズ王室を始めた、とされています。


最後まで読んでくださり有難うございました。

 

 

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