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イギリス・ウェールズの歴史ーカムログ

ウェールズ語ではウェールズの事をカムリ(仲間)と言います。歴史深いウェールズに触れて下されば嬉しいです

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新たなスコットランドのアーサー王伝説を分析してみた 

アーサー王伝説

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アーサー王ウェールズ人やローマ人ではないか?という説が多くありますが、スコットランド人では?という説も出ています。これは9世紀にのウェールズ人の僧侶ネンニウス(ネンウィニウス)の記述をもとに解釈をしたものです。

アーサー王スコットランドの戦士であるとすると、どんな状況であったのでしょうか?今回、アーサー王スコットランドの戦士と仮定して話を進めて行きます。

 

アーサー王の概要の通説

アーサー王物語に書かれている広く知られたアーサー王は、5世紀後半~6世紀前半にアングロサクソン族と戦い侵入を防いだのブリタニア戦士でこれが物語化されました。

イングランドコーンウォールにあるティンタジェル城で産まれ外敵からブリタニアを守った偉大な王で、ブリタニアを統治しただけでなくノルウェーアイルランド、ゴール(フランス、ベルギー、ルクセンブルク、スイス、イタリアの一部)まで勢力を広げた英雄」となっています。

 

www.rekishiwales.com

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アーサー王スコットランド人説とは?

スコットランドといっても当時はブリタニアの一部であるストラスクライドと呼ばれる国で、ウェールズなど他のブリタニアと同じくブリトン人が住む国でした。

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※525年頃のブリタニア地図です。ブリタニアは北部にあるストラスクライド(Strathclyde)やゴドディン(Gododdin)より南の部分を指します。北側はピクトランドと呼ばれるピクト族の国です。ストラスクライドの南側にはハドリアヌス城壁(ハドリアヌスの長城)、北側にはアントニー城壁がありピクト族の侵入を防いでいました。


アーサー王に関しては以下のような記述があります

アーサー王は君主ではなく勇敢な実在の戦士
・ラテン名を持った(アーサー)
ブリトン人の言葉とラテン語を話した
・円卓に座りエクスカリバーを持っていた
アングロサクソンとは戦わず、他のブリトン人と戦った


アーサー王アングロサクソン族と12の場所で戦い、全て勝利をした偉大な戦士というのが通説ですが、今回の説はブリトン人と9つの戦場で戦い(ブリトン人同士の戦い)、そのうち7つはスコットランドにあるとされています。
そして最後の戦いが537年以前のカムランの戦いで、このカムランの戦いでアーサーは殺されたとされています。地図中にカムラン(camlan)の場所を示しており、スコットランドのカーライル付近にあるとされています。

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※映画の「キング・アーサー」は、このアーサー王スコットランド戦士説をモデルにして制作されたとも言われています。

 

スコットランド戦士のアーサーは誰? 

アーサー戦士が活躍したと言われている530年頃のストラスクライドはどんな状況であったのでしょうか?先ほどの地図でスコットランド南部だけを見てみましょう。

 

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内乱が続いていたストラスクライド

当時のストラスクライド(Strathclyde)の首長は、Tutgual Tutclyd(テュトグァル・テュトクライド)という人物でした。ストラスクライドはまだアングロサクソン族の侵入に対する戦いというより、もっぱら内乱でした。

父親のCedicの時代は兄弟間で領土争いが続き、侵略・殺人・略奪が続いた暗黒時代で
テュトグァルはウォリアーキングと呼ばれストラスクライドを平定して人々を守ったと言われています。(Defender of the People)また領土はストラスクライドにとどまらず、地図中の南隣国のGalwyddelを奪い取ったようです。

 

ストラスクライドの首長はアーサーだったのか?

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このストラスクライドの首長とアーサー戦士は関係だったのでしょうか?

私の推測ですが、アーサーがストラスクライドの戦士であったとするなら、テュトグァルに従った勇敢な戦士であったか、テュトグァルであった可能性もあると考えています。

 

スコットランドにあるエクスカリバー伝説

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このテュトグァルには剣にまつわる伝説があります。Whetstoneと呼ばれる石を持っており、

「この石を使って勇敢な人物の剣を研ぐと切れ味が非常によくなり敵を必ず死に至らしめるだろう、もし臆病者の剣を研いだなら鈍くなるだけでなく誰も傷つけることはできないだろう」という伝説があります。

 

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さらにテュトグァルにはストラスクライドの王を後継した王、リデルヒ・ハエル (正直者Rhydderch)がいます。レデルヒはDyrnwyn(別名 white tilt 白い剣)と呼ばれる剣を持っており、

「豊かで育ちの良い人物が抜くと、剣全体は炎につつまれ輝くだろう」

という伝説があります。このテュトグァルの石Whetstoneとリデルヒの剣Dyrnwynはいずれも「グレートブリテン島の13の宝物」にリストアップされています。

 

この石と剣はアーサー王物語に出てくる、石に刺さった剣の石とエクスカリバーを思い起こさせますね。ひょっとしたら深い関係があるのかもしれません。


最後に

アーサー王スコットランドにあるストラスクライドの戦士でブリトン人との戦いに明け暮れたのか?アーサー王は偉大な王でアングロサクソン族と戦い侵入を防ぎ、大帝国を築いた英雄なのか?いろんな説があり、良く分かりません。

しかし、何れの説であっても夢があり興味深いですし新たな説を考えてみることでよりアーサー王を楽しめると思います。アーサー王に興味を持っていただけますと幸いです。

 

最後まで読んでくださり有難うございました。

 

参考:

King Arthur was just a Scottish general who lived most of his life in Strathclyde | Daily Mail Online

 

キング・アーサー [DVD]

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