イギリス・ウェールズの歴史ーカムログ

ウェールズ語ではウェールズの事をカムリ(仲間)と言います。ウェールズの歴史と、ウェールズとの関わりが深いアーサー王についてのページです

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マイナーな歴史を使った得意料理

今週のお題「得意料理」 

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僕は歴史好きである。
僕の得意なことは歴史を料理することである。

良く分かっていない歴史

世の中には、興味深いんだけど、よく分かっていない歴史があり、知られていなかった歴史上の人物も多くある。その中で、特にマイナーな歴史上の人物を料理することが、僕の得意分野だ。

 

 

時代は5世紀初め頃のスコットランド。伝説上の人物が、荒れ狂う海を見て、一大決意をしていた。

「南へ向かおう、南へ」

 スコットランドエジンバラ付近で、当時はマナウ・ゴドウディンと呼ばれた地区の首長である、伝説上の人物キネダは、8人の息子と孫1人を連れて、現在のウェールズに旅立ったのである。

そして、西から攻めてくるスコット族を追い払い、グウィネズと言う国を作った。グウィネズが、現在のウェールズの原形になった。と歴史書には書かれている。

 

キネダについて、歴史書に書かれているのは、ほぼ以上である。それ以外は不明である、とされている。

ここからが、僕の得意料理が始まるのだ。

 

僕の得意料理の方法

キネダについて、色んな疑問が生じてくる。例えば、こんな点に興味がわいてくるだろう。

・いつ、キネダはウェールズに旅立ったのか? 
スコットランドの領土があるのに、なぜ放棄して、ウェールズに行ったのか
・なぜ、キネダはスコット族を追い払えたのか、強かったのか?

 

全くわからない。キネダについての情報を集めようとしても、歴史書には書かれてないし、ネットを調べても殆んど落ちていない。

他の手段で調べなければならない。
僕は、キネダが生きたとされる時代背景を調べた。キネダの父、祖父、祖先、当時の権力者、外敵を調べた。キネダの母、母の父、さらに祖先、息子たちも調べた。

 

様々な点の情報を繋げると味に面になり味に広がりがでてきた。面が重なると立体になり、深みができてきた。

立体になると、キネダの人物像が浮き出てきて、料理になってきたのである。

 

僕の料理を紹介しよう。

 

得意料理のストーリー

 

時代は4世紀後半のことである。

キネダの父はエダン、祖父はパダンと呼ばれる首長で、代々ローマ帝国に従い、スコットランド付近にやってくる外敵の攻撃を防ぐために、戦っていた。

 

キネダの母は、ウェールズ地方に住んでいた首長の家系に生まれた。母の時代の有力者は、マグヌスというローマ将校であった。マグヌスはウェールズ首長の娘と結婚し、キネダの母とは親戚関係となった。その後、マグヌスはイギリス全域を治める司令官となるのである。

 

マグヌスはスコットランドの反乱を鎮めるためにローマ軍を率いて戦い、その時に、キネダの父エダンと共に戦った。

スコットランドに好青年がいるぞ、我が親戚の娘と結婚するとよい。両国関係も密になるだろう。そんな狙いがマグヌスにあったのかも知れない。

エダンと娘は結婚し、キネダが誕生したのである。

 

 

キネダは父や祖父と同じように、若い頃からエジンバラ付近で戦いに加わり、北から攻めてくるスコット族や、海から攻めてくるヴァイキングを、やっつけていた。

 キネダは戦い好きで、メキメキと頭角を示し、猛将として名を轟かせた。敵が全滅するまで徹底的に攻撃を加え、隣国もその残忍さに震え上がったそうだ。

 

しかし、キネダの本当の強さの秘訣は他にあった。敵をも味方にするのである。海から攻めてくるヴァイキングの要望を聞き、土地と食料を提供する代わりに、自分の手下にしてしまうのだ。そして、ヴァイキングの船や戦い方なども自分のものとしてしまうのだ。

キネダは対抗勢力を打ち破り、スコットランドで影響力を広げていったのである。

 

 

西暦420年を過ぎた頃、キネダに大きな転機が訪れるのである。

 

当時のイギリス南部で勢いを持っていたのが、ヴォーティガンと呼ばれる有力者だった。ヴォーティガンは西から攻めてくるスコット族の攻撃に手を焼いており、傭兵を必要としていた。

 

キネダ殿、ウェールズに住む土地をあたえるから、スコット族を追い払ってくれぬか。

 

ウェールズは懐かしい母の生まれ故郷。それに、父方の遠い先祖もウェールズ付近に住んでいた大王と聞く。

冬は太陽も余り昇らず寒く閉ざされるスコットランドに比べ、温暖で過ごしやすい南国のウェールズ

ウェールズと聞くだけで、とても憧れを感じる。

 

キネダは決意した。スコットランドの領地を手放して、胸が踊るウェールズに行こう。ゼロからのスタートだけど、ウェールズで戦いに明け暮れ、成果をだし勢力を広げて行けばいい。

 

こうして、キネダは8人の息子と1人の孫を連れて、スコットランドから北ウェールズに移り住み、スコット族と戦いを始めた。

 

キネダ一族はみな猛者揃いであった。スコットランドで戦いに慣れ、ローマ軍の戦い方も、ヴァイキングやピクト族の戦い方も会得していた。アイルランドからやってくるスコット族は、キネダ一族にとって敵ではなかった。

スコット族はコテンパにやっつけられ、アイルランドに逃げ帰ったが、スコット族の頭領はキネダ達に殺され、全滅したのだ。

キネダはヴォーティガンから依頼された傭兵業務を見事にこなし、目的を達成した。

 

本来ならこれでおさらばなのであるが、運はキネダに向いていた。

ヴォーティガンは悪者だったのだ。主君を欺いて、王の座を奪い、悪政を行なっていた。

ヴォーティガンを倒そうと、アーサー王の叔父と言われているアンブロシウスが戦いを挑み、ヴォーティガンは窮地に立たされていたのであった。

 

キネダ一族はこのチャンスを生かしてウェールズ北部を占領し、450年頃にグウィネズ国(Gwynedd)を建国した。

 

今から1550年くらい昔のお話だ。

 

これが、僕がキネダに関連する歴史上の点を繋ぎ面にし、面を練り合わせて深みを出して、創作スパイスを振りかけて料理をした、歴史ストーリーの概要である。フルコースにすると本になるかも知れない。

面の練り合わせを変えたり、創作スパイスを選べば、料理はゲームに変化するかも知れない。

 

最後まで読んでくださり有難うございました。 

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