イギリス・ウェールズの歴史ーカムログ

ウェールズ語ではウェールズの事をカムリ(仲間)と言います。ウェールズの歴史と、ウェールズとの関わりが深いアーサー王についてのページです

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中世ヨーロッパの食事 貴族と農民の違い

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こんにちは。ウェールズ歴史研究家、たなかあきらです。

中世ヨーロッパの人々はどんな食事をしていたのでしょうか?

 

中世ヨーロッパの人々の食事は、貴族階級と農民では大きく異なっていました。

上流階級は、野菜は殆ど食べず肉料理が中心で、すごい量の料理をちょっと食べるという食事でした。逆に農民は、野菜中心の料理で適量に食べていました。唯一の共通点は、一日に3度の食事をしていたことでした。

貴族と農民は、それぞれどんな食事をしていたのでしょうか。中世の人々はバランスのとれた食事をしていたのでしょうか。豊かな貴族ほど、バランスが取れた食事をしていなかったようです。

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簡単な歴史的な背景

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中世イギリスを例にあげますと、1066年にフランスからやってきたノルマンディー公ウィリアム1世イングランドを征服してから、イギリス中世の食事は大きく変わってきました。

それまでは、ローマ人の食に影響を受け、自家製の食材で料理をしていました。ところが、フランスからの食材や、十字軍の遠征により世界各国の料理や、多くのスパイスがもたらされました。貴族たちの食事は、贅沢で優美なものに変わりましたが、農民たちの料理は、殆ど変わらず自家製の野菜中心の食事でした。

貴族と農民の食器

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貴族は銀や金食器を使用し、農民は木製やつの製の食器を使っていました。主にナイフを使い、スープなどもカップが使用されていました。当初はスプーンは使われておらず、14世紀になってから使われるようになりました。

貴族と農民の主食

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主食はパン。領主や貴族たちは小麦から作る白いパンを好みました。小麦を作るには肥料が必要で高価になり、白いパンは上流階級しか手の届かないものでした。このため、多くの農民たちはライ麦、大麦を育ててパンにしました。不作時には、まめやドングリなどもパンに混ぜていました。

自分たちで作ったパンではありましたが、領主は農民たちに自分の家でパンを焼くことを認めていませんでした。かわりに、領主の家のオーブンを借りてお金を支払ってパンを焼く必要がありました。

 

貴族と農民の料理

貴族の料理

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イングランドの貴族たちは、多くの異なった料理を食べましたが、地面からとれるものは貧しい人々に適していると考えられ、野菜はほとんど食べませんでした。アブラナ、玉ねぎ、ガーリック、ネギなどのみ食卓に並び、パイの中にフルーツが入る程度でした。

牛、豚、やぎ、子羊、うさぎ、野うさぎ、しか、イノシシ、鶏、七面鳥などの数多くの肉料理が食卓に並びました。魚介料理は、マス、タラ、カレイなど、オイスター二枚貝、ムラサキ貝などでした。

味付けはとてもスパイシーで、ペッパー、シナモン、ナツメグ、ジンジャー、コリアンダー、ガーリック、ターメリック、クミン、マスタード・・・・ありとあらゆるスパイスを使用していました。

貴族たちは晩餐会をホールで行い、屋敷や城から離れており、冷めた料理が多かったようです。逆に、農民は作ってすぐに食べたので温かい食事をとっていました。

農民の料理

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イングランドの農民たちは、主にポタージュを多く食べました。ねぎの入ったポタージュが一般的でしたが、豆やカブ、パースニップ(ニンジンに似た根菜)などが入ることもありました。穀物が入ることもあり、これは農民たちが何を収穫したかにもよりました。

ポタージュ - Wikipedia

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肉類に関しては、豚がメインでした。森で自然に落ちているドングリで育ち、飼育するのも安く済み、一年を通して肉が手に入りました。

羊、イノシシ、うさぎ、などは全て領主の所有で獲ることは許されていませんでした。密漁すると腕を切り落とされるなどの刑罰が与えられました。

魚類についても同じで勝手に獲ることは許されておらず、川のそばに住んでいる人々は領主の許可を得て、魚を取っていました。密漁すると同じく、重い刑罰が下されました。

水は多くの場合は、汚くて飲めたものではありませんでした。このため、水に浸して麦芽を作り、発酵させてエールを作り、多く飲んでいました。しかし、作ったエールは領主の許可がないと売ることが出来ず、ライセンスを取るためにお金を支払っていました。

この時代も、領主や貴族たちにお金が集まるような仕組みが作られていたのですね。

 

朝昼晩の食事の時刻とメニュー例 

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朝食

・貴族の朝食
時刻:6~7時
料理:白いパン、肉料理3品、魚料理3品、ワインとエール

・農民の朝食
時刻:夜明け
料理:ライムギパンとエール

昼食

・貴族の昼食
時刻:11~14時
料理:3コースの料理。1コースには肉や魚を中心に4~6品ある。飲み物はワインやエール。いずれも少量しか食べず、大半は捨てられる。

・農民の昼食

時刻:11~12時
料理:農場で、パンとビールとチーズの簡単な食事

 

夕食

・貴族の夕食
時刻:18~19時
料理:朝食とほぼ同様のコース料理。ハトのパイ、ヤマシギチョウザメなど変わった料理も。

・農民の夕食
時刻:日没頃で季節によって変わる
料理:野菜ポタージュ、運良ければ肉料理。パンにエール。

 

中世の料理は健康的だったのだろうか?

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農民たちは栄養価の高い、ライ麦や大麦のパンに、肉が少々で野菜が中心の食生活で、比較的食事のバランスは取れていたのではないか、と思います。

一方、貴族の食事については、肉料理が中心の贅沢なものでしたが、栄養は全く考えられておらず、ビタミンCや食物繊維が不足していました。

このため、虫歯、皮膚病、壊血病、くる病(骨の石灰化障害)に苦しむ貴族も少なくなかったようです。

イングランド王のヘンリー8世も、晩年は食べ過ぎで肥満となり、様々な病に苦しんだと言われています。

いつの時代も食べ過ぎは病の元になっているようですね。 

参考:

The medieval diet - The British Library
Food and Drink in Medieval England - History Learning Site

 

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