イギリス・ウェールズの歴史ーカムログ

ウェールズ語ではウェールズの事をカムリ(仲間)と言います。ウェールズの歴史、イギリスの歴史、ウェールズとの関わりが深いアーサー王などを中心に記事を書いています。

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古代~中世のヨーロッパのお城の歴史 

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こんにちは、たなかあきらです。今回は、お城についてのお話をします。

 

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はい。ヨーロッパの歴史において、中世の時代は最も暴力的な時代の一つで、その中でお城は中世の象徴となっています。要塞としてのお城は時代を経て、スタイルが変わってきました。

例えば、戦争のやり方、戦争の技術の発達や、歴史上の重要な出来事である十字軍などによって、要塞としてのお城も影響を受けてきました。

今回は、イギリスの中世のお城を例に、古代からの要塞としてのお城の変化をご紹介します。


古代~中世 要塞城の変化

 

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イギリスにおける古代から中世に入る前(~1000年頃)までの移り変わりです。 

 

石器時代(Stone Age)・・・紀元前3000年~紀元前1800年ごろ

ストーンヘンジのような巨大な石柱群や、低湿地に土を盛り上げた駐留地(Causewayed Camps)でした。

 

ストーンヘンジについて

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※Causewayed Campsの例(ストーンヘンジの近くにある、ウィンドミルヒル

外側には直径約365mの溝が掘られている。
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⇒こちらの方が分かりやすいです

Google Maps: Report Inappropriate Image


石器時代(Bronze Age)、鉄器時代(Iron Age)・・・紀元前1800年~紀元前600年ごろ

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この時代になると、ヒルフォート(Hill fort)と呼ばれる小高く盛られた土塁の一種で、要塞化された避難場所や防御された居留地が作られるようになりました。

 

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ローマ時代(~紀元400年頃) 

 
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ローマ要塞の跡。この頃になると、都市の周りに石造りで城壁が作られ、居住区が要塞化しました。
 
 
この時代で特に有名なのが、2世紀にローマ皇帝ハドリアヌススコットランドに作った、118kmにも及ぶハドリアヌスの城壁です。現在は世界遺産に登録されています。

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アングロ・サクソンの時代(5世紀頃~11世紀中頃)

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イングランドを作ったアングロ・サクソン族や、9世紀のイングランドの英雄アルフレッド大王は、要塞化した街を作りました。
特にアルフレッド大王が作った要塞街は「Burhs」(要塞化された地)と呼ばれ、後に呼び方が変わっていき、「Borugh」と呼ばれるようになりました。
borughはイングランドではbury(ベリー)スコットランドではburgh(バラ)と形を変えて、イングランドではカンタベリー、ソールズベリーなど、スコットランドではエジンバラなどの地名に残っています。


 

11世紀以降 中世の要塞城について 

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1066年にアングロ・サクソン族が治めるイングランドが、フランスのノルマンディーから侵入してきたノルマン人によって征服されてから、要塞城は大きく変化をしていきます。(ノルマンディー公ギョーム2世に征服され、ギョーム2世はイングランドウィリアム1世となりました)

イギリスの歴史を変えたノルマンコンクエスト(ノルマン征服)の再現

 

ノルマン人たちはーロッパ大陸から、中世のイングランドにお城と封建制度を持ち込みました。この時代のお城は、ロマネスクやノルマン建築と呼ばれています。

 

ノルマン・コンクエストの時代

モット・アンド・ベリーというお城

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この時代のお城の特徴は以下になります。 

 ・あらかじめ材木で建築されるタイプのお城は、イングランドに侵略する際の艦隊でノルマン人とともに持ち込まれました

・周りは溝が掘られ小高く盛り土された上に材木で迅速に建てられ、外壁で囲まれた居住区や兵たちが駐屯する要塞に加えられました。このタイプのお城は「Motte and Bailey」(モット・アンド・ベリー、小山と外壁)と呼ばれています。

 

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・迅速なモット・アンド・ベリー城の建築は、ノルマン人たちにとってアングロ・サクソン族のイングランドを征服してコントロールすることを可能にしたのです。ルマン人の兵士たちは、これらのお城に駐在して、あらゆる攻撃を打破しました。

・材木が朽ちたり燃えやすかったりするので、木製のモット・アンド・ベリー城は一時的なお城に過ぎませんでした。

・その答えは、石でした。つまり木製の多くのモット・アンド・ベリー城は石造りの城へと移り変わって行きました。

 

シェルキープというお城

・当時の石造りのノルマン城の特徴は、「シェル・キープ・キャッスル」と呼ばれるものでした。シェル・キープとは、小高く盛り土されたモット(motte)の上に建てられた、石造りのタワーです(天守閣)。

※例えば、ウェールズにあるカーディフ城にあるモット

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参考:Shell Keep Castles: A Rare Adaptation of Motte and Bailey Castle Design

 

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・中世のお城の歴史では、このシェル・キープ(天守閣)の改善が続けられたのです。盛り土は、石造りのシェル・タワーの重さに耐えなければならないので、シェル・タワーは軽くなるように工夫されました。

・ノルマン人たちは、イングランドの歴史の中で、お城の建築に大きな影響を残しました。例えば、1078年に建てられた、ロンドン塔のホワイトタワーなどです。

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大量建築されたエドワード1世の時代

集中式城郭 

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十字軍の遠征は、中世の君主や貴族たちにとって、ヨーロッパ西部の要塞城と接触する機会となりました。 さらに包囲のやり方や武器などを学ぶ機会にもなりました。

これらのアイディアはイングランドに持ち込まれて、「ゴシック建築」と呼ばれる新しいスタイルの建築に発展しました。

ノルマンスタイルの基本的なデザインは、特に包囲戦のためにデザインされた巨大な要塞に変わっていきました。これらの巨大な要塞城は、集中式城郭と呼ばれています。

※城の中心となる塔を二重またはそれ以上の城壁で取り囲み防御をする城

 

例えばウェールズのビューマリス城

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参考記事:資金不足で未完成の美しい城、ビューマリス

 

エドワード1世の城の特徴

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中世のイングランドウェールズにおいて、巨大な集中式城郭のお城を多く建てたのは、エドワード1世(1239年~1307年)の時代です。

この集中式城郭は、連続的につながった防御壁に囲まれた巨大な城建築の中に、効果的な建物、城壁、タワー、城門が建てられ、「お城の中にお城がある」と表現できます。この時代のお城建築は、ゴシック建築または、エドワード時代建築と呼ばれており、その特徴を記します。

・強力な中心の天守閣やメイン・タワーは、円形状または多角形に造られました。

・石は正確に切断され、積んだり挿入されました。城壁や柱は大きな重量を支えました。最低一層以上の低めの外壁やバリー(Bailey)が、高い内壁を取り囲んだ構造でした。城壁は異なった高さに異なった位置に建てられました。

 

・いくつかの城門の楼は、中世のこの時代に加えられました。高く先のとがった天井や広い窓の口が特徴でした

・塔の頂上には、さらにとても細い塔が乗せられました。塔を完備した高い城壁は、多角形のお城の中で、天守閣や内側の城壁を取り囲みました。さらに中世の集中式城郭では、周りにお堀を作りました。

 

 

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・さまざまな防御のための建築構造がとられ、中世のお城の特徴となりました。

Barbican(見張り用の楼門)
Portcullis(城門の落とし格子)
Gatehouse(都市城門の楼門)
Moat(お堀)
Crenellations(銃や矢を発射するための隙間のあいた城壁)
Murder Holes(殺人孔※)
Death traps(死の落とし穴)
Various styles of Arrow slits(異なった中世の武器に対応するための、様々なスタイルの矢の射撃孔)

※殺人孔とは、中世ヨーロッパの城や要塞の城門通路などの天井に設置された孔で、敵の頭上から「石、熱湯、熱した砂や油、矢、消石灰など」を投下して攻撃を行うために使うものである。

 

※※エドワード1世が建築したお城 

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参考:

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最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

 

四大悲劇「リア王」じゃなくて、ハッピーエンドの正体

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こんにちは、たなかあきらです。
シェイクスピアの四大悲劇の一つであるリア王。その概要は、

ブリタニアを治めるリア王が、3人の娘に国を譲ろうとして、父への愛を確かめようとします
・最愛の末娘はリア王にそっけなく応じリア王は激怒します。しかし、長女と次女はゴマをすり、リア王は長女と次女に国を譲ります
・しかし、国を譲ったものの裏切られて国を追われ、リア王は狂人となります
リア王は国から追放した末娘のもとに行き、共に国を取り戻そうと長女と次女夫妻や反逆者と戦いますが、末娘もリア王も非業の死を遂げます

という悲劇のストーリーです。

 

しかし、17世紀にはネイハム・テイトが、シェイクスピアのオリジナル版をハッピーエンドに書き換え、18世紀~19世紀まで人々に受け入れられ上演されていました。

・このテイト版とシェイクスピアのオリジナル版の違いのポイントは?
・なぜテイトはオリジナルを改作し、人々に幅広く支持されたのでしょうか?

纏めてみました。

 ネイハム・テイトは商業的な受けを狙って、改作したのでしょうか。

 

ネイハム・テイトの改作とは? 

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テイト版の改作リア王は1681年に初上演して以来、特に18 世紀イギリスの名優ディヴィッド・ギャリックによって上演されて人気を博していました。

劇場経営者でもあったギャリックは興行的な成功を狙って、ハッピーエンドを求める観客の嗜好に迎合したのでは、と多くの学者たちに言われてきました。

 

テイト版の改作は本当に金目的だったのでしょうか?

確かに、商業的な成功を狙うことは否めないと思います。
しかし、それ以外にも幾つか理由があるようです。

まず、シェイクスピア版とテイト版との違いを比較しましたので、ご覧ください。

 

シェイクスピア版とテイト版の違い

主要な登場人物

シェイクスピア版)

リア王・・・年老いた傲慢なブリテン王。娘たちに裏切られ気が狂う
・コーディリア・・・リア王の末娘
・ゴネリル・・・リア王の長女。オールバニ公の妻でリアを裏切る
・リーガン・・・リア王の次女。コーンウォール公の妻でリアを裏切る

 

グロスター伯・・・リア王の臣下。エドマンドの策略にはまり、エドガーを追放する
エドマンド・・・グロスター伯の息子で野心家。ゴネリルとリーガンと不倫をし半兄エドガーに罪を擦り付け、ブリテンを乗っ取る。エドガーの異母弟。
エドガー・・・グロスター伯の息子。エドマンドに陥れられるが、最後はエドマンドを破る

テイト版とシェイクスピア版の違い(概要)

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シェイクスピア版の概要と、テイトが改作をしたポイントを比べました。テイト版は赤字で記しています。 

愛娘コーディリアの追放の場面

ブリタニアを治めるリア王が、3人の娘に国を譲ろうとして、父への愛を確かめようとします。

長女ゴネリルと次女リーガンは、わがままで傲慢な父リア王の機嫌を取り、言葉巧みに喜ばせますが、末娘のコーディリアは、素直であるが姉たちのように媚びることをしませんでした。

リア王は最も手塩に育てたのに愛がない!と、立腹してしまいます。そして、リア王はコーディリアを勘当してフランス王へ嫁がせ、国から追放してしまいました。

 

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⇒コーディリアはなぜそっけなくリア王に接したのでしょうか? なぜリア王は最愛の娘に簡単に激怒して国外追放したのでしょうか?(シェイクスピア版では不明)

テイト版では、コーディリアはリア王が認めていないエドガーと恋仲になっており、そのことでリア王との関係が悪くなっていたと考えられるのです。

 

リア王の没落の場面

・こうしてリア王は2人の娘ゴネリルとリーガンを頼るものの、次第に老害と疎まれるようになり、裏切られてしまいます。リア王は荒野をさまよい、娘たちに対する怒りと末娘への仕打ちの後悔から、狂気に取りつかれていくのでした。

 

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シェイクスピア版は、リア王は傲慢で短気で横暴な性格が、リア王の破滅および悲劇を招く結果になっています。テイト版では、リア王も共感されるように、横暴ではあるが、老齢でよろよろと歩くか細そい内心は善良な人物を描き、邪悪さを軽減しています。

 

エドマンドの反逆の場面 

リア王の家臣グロスター伯に、悪知恵が働き野心を持ったエドマンドという息子がいました。エドモンドは、ゴネリルとリーガンと不倫関係になり、父グロスター伯と兄エドガーを陥れて謀反の罪を擦りつけます。

そして、エドマンドはゴネリルの夫が亡くなると、ブリテン軍の指揮官を奪い取ってしまいました。

 

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シェイクスピア版でもテイト版でもエドモンドが悪者になっています。テイト版では、エドモンドはゴネリルとリーガンだけでなく、末娘コーディリアにまで手を付けようとします。エドマンドは荒野でコーディリアを犯そうと、ごろつきを雇いコーディリアを襲います。

悲鳴を聞きつけたエドガーが駆けつけて、ごろつきを追い払い、エドガーとコーディリアは抱き合うのでした。

 

最後の結末

・一方、フランスにいる末娘コーディリアはリア王の苦境を知り、リア王を助けるためにフランス軍を引き連れドーバーに上陸、父との再会を果たします。そして、エドモンド率いるブリテン軍との戦いとなります。

しかし、コーディリア率いるフランス軍は敗れ、リア王とコーディリアは捕虜となってしまいます。

リア王は助け出され、謀反の張本人エドムンドはエドガーに討たれましたが、コーディリアは獄中でエドモンドに既に殺されており、娘の遺体を抱いたリア王は悲しみに絶叫し、絶命したのでした。

 

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リア王とコーディリアは捕虜となり投獄されていました。そこへ、刺客が登場してコーディリアを先に殺そうとしたときに、リア王が刺客を倒します。もう一人の刺客がリア王に向かってきたときに、エドガーが再び登場してリア王とコーディリアの命を救うのです。

この英雄的な行為によってエドガーは認められ、エドガーとコーディリアはめでたく結婚したのです。リア王は、グロスター伯らと一緒に引退して余生を過ごすことにし、コーディリアを女王とすることを宣言するのでした。

エドガーの締めの言葉

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物語の最後は、いずれもエドガーの言葉で締めくくられています。最後の一文の大きな違いが、印象的です。

 

悲劇版とシェイクスピアの悲劇版

この悲しい時代の重荷は 、残されたわれらが担ってゆくほかはない 。語らねばならぬことを語るのではなく、ただ、心に感ずることのみを語ろう 。もっとも年老いた方こそ、もっとも強く苦しみを耐え抜かれた 。若いわれらに、これほどの苦しみにあいつつ、これほどに永く生きることは、できまい 

 

テイトのハッピーエンド版

首うなだれていたこの国が繁栄の花ひらき、コーディリアの輝かしい先例は世の人々にどんな運命の嵐が降りかかろうと、真実と美徳は最後には栄 えることを示すのだ 

 

テイト版の改作の狙い

テイト版に人気の理由

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善良な人々が、悲惨な死を迎えるシェイクスピア版の結末は 、特にコーディリアの死は当時の多くの人にとっては耐え難い内容でした。

人々が喜ぶために、テイトがシェイクスピア版の内容を、「改良した」とも言えます。このため、エドマンドや二人の姉たちは、シェイクスピア版よりも悪の程度が大きくなり、さらにコーディリアもリア王も助かるハッピーエンドに書き換えられたのです。

 

また、シェイクスピア版ではストーリーの一貫性(柱)が弱い内容で、テイトは改良が必要と考えたようです。このため、コーディリアとエドガーの恋愛を軸に、不幸から這い上がり悪を倒して最後は主役が幸せになる、分かりやすい一貫したストーリーに改良したとも言えます。

時代のニーズに合ったテイトの「リア王」は、当時の人々には受け入れられて人気を博し、150年もの間演じ続けられたと考えられます。

 

シェイクスピアも書き換え

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テイトの時代(17世紀)では、シェイクスピアは優れた劇作家として知られてはいましたが、今のようには崇拝にまでは至っていませんでした。
また、シェイクスピア自身も原形から書き換えていたのです。

実は歴史上の内容でもハッピーエンドなのです。悪のエドマンドは倒され、リア王が再び復活して王になり、その後コーディリアが女王として、ブリテンを治めたのです。そのことを、テイトは知っていたのかもしれません。(エドガーとコーディリアの恋愛は歴史にはなく、テイトの創作のようです)

 

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参考文献:
安田比呂志:ディヴィッド・ギャリックの演技術と新しいリア王
小野昌:シェイクスピアの「リア王」のテイトによる改作について

 

 

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

「七つの大罪」の罪の意味と罪の重さ 

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こんにちは、たなかあきらです。
漫画七つの大罪では、ブリタニア(古代のイギリス)を舞台として、リオネス王国奪還篇では、七つの大罪人のメンバーたちが活躍し、聖騎士団たちを倒してリオネス王国を取り戻した内容でした。

この漫画に描かれている「七つの大罪」の原形はどこから来たのでしょうか?
またそれぞれのどんな罪の意味や、重さなのでしょうか?

 

(こちらもご覧ください)

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七つの大罪の歴史

7つの大罪」は、キリスト教カトリックの用語で、人間を罪に導く可能性のある欲望や感情を示すもので、「傲慢」「憤慨」「嫉妬」「怠惰」「強欲」「暴食」「色欲」です。

 

七つの大罪の原形は、4世紀のエジプトの修道士エヴァグリオス・ポンティコスの著作に、八つの枢要罪(すうようざい)として表された悪徳のリストです。これが改良されていきました。

 

当初、八つの枢要罪は厳しさの順序によると、罪の重い方から「傲慢」、「虚飾」、「怠惰」、「憤怒」、「憂鬱」、「強欲」、「色欲」、「暴食」でした。

 

この八つの枢要罪6世紀後半に、グレゴリウス1世によって、八つから七つになり、順序も変更されました。

 

その後、「虚飾」は「傲慢」に、「憂鬱」は「怠惰」に統一され、「嫉妬」が追加されました。こうして、七つの大罪となったのです。罪の重い方から並べると、

「嫉妬」
「傲慢」
「怠惰」
「憤怒」
「強欲」
「色欲」
「暴食」

となります。

 

キリスト教の正典の聖書の中で七つの大罪について直接は書かれていません。

 

神曲での「七つの大罪

13世紀から14世紀にかけてのイタリアの詩人・政治家、ダンテ・アリギエーリの代表作「神曲」(しんきょく)の煉獄(れんごく)篇で、七つの大罪が表現されています。

 

カトリックで煉獄とは、死者の霊が天国にはいる前に、ここで火によって浄化されるという天国と地獄との間にある場所です。地獄を抜けたところにある台形の山で、地球の中心から見て、エルサレムと反対側にあるそうです。


煉獄には下から登ると順に七つの冠(頂上)があり、生前になした罪を浄めつつ上へ上へと登り、浄め終えるとやがては天国に到達するそうです。  

(罪の重い順に上がっていきます)


第一冠 高慢者 「傲慢の罪」

生前、高慢の性を持った者が重い石を背負い、腰を折り曲げます

 

第二冠 嫉妬者 「嫉妬の罪」

嫉妬に身を焦がした者が、まぶたを縫い止められ、盲人のごとくなります

 

第三冠 憤怒者 「憤怒の罪」

憤怒を悔悟した者が、朦朦たる煙の中で祈りを発します

 

第四冠 怠惰者 「怠惰の罪」

怠惰に日々を過ごした者が、ひたすらこの冠を走り回り、煉獄山を周回します

 

第五冠 貪欲者 「強欲の罪」

生前、欲が深かった者が、五体を地に伏して嘆き悲しみ、欲望を消滅させます

 

第六冠 暴食者  「暴食の罪」

暴食に明け暮れた者が、決して口に入らぬ果実を前に食欲を節制します

 

第七冠 愛欲者 「色欲の罪」

不純な色欲に耽った者が互いに走りきたり、抱擁を交わして罪を悔い改めます

 

これで、七つの大罪は浄化され、山頂に上ることが出来るのです。山頂は、地上楽園( 常春の楽園)で、煉獄で最も天国に近い所で、かつて人間が黄金時代に住んでいた場所を言います。ここから、天国に行けるのです。
(参考:ウィキペディア

 

漫画七つの大罪のメンバー

 

 漫画七つの大罪のメンバーを、神曲で描かれている罪の重さ順に並べてみました。
(数字は闘級)

「傲慢の罪」:エスカノール(15)

「嫉妬の罪」:ディアンヌ(3250)

「憤怒の罪」:メリオダス(3370)

「怠惰の罪」:キング (4190)

「強欲の罪」:バン(3220)

「暴食の罪」:マーリン(4710)

「色欲の罪」:ゴウセル(3100)

 

こうしてみる限りでは、キリスト教神曲での七つの大罪の罪の重さと、キャラクターの等級などは、関係は無さそうですね。 新たに何かわかったら、記事にしていきます。

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最後まで読んでくださり、ありがとうございました。 

西洋史が学べる歴史漫画  古代から近世まで16選

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歴史に興味はあるのだけれど、専門書を読むのはちょっときついよな。
そんな時、漫画でストーリーを楽しみながら歴史の流れが勉強できると最高ですよね。 

今回は、西洋史が学べる歴史漫画を年代別にチョイスし、漫画が描かれている歴史的な背景と、漫画の簡単なあらすじをご紹介いたします。

 

紀元前4世紀~紀元前1世紀

紀元前の西洋史の歴史が学べる歴史漫画です。ギリシャ、ローマに関する漫画が中心になっています。

ヒストリエ

紀元前4世紀の古代ギリシアを舞台にした歴史漫画。これは面白いです。

主人公のエウメネス(Eumenes、紀元前360年頃~紀元前316年)は、ヒエロニュモス家の次男として裕福な家庭で過ごしますが、権利争いに巻きこまれ幼い頃から奴隷生活を続けます。

エウメネスは天才的な頭脳を生かし、奴隷から抜け出し、有望な青年へと成長していく姿が描かれています。

エウメネスはやがて、マケドニア王国のフィリッポス2世に気に入られ、書記として仕えました。さらに、フィリッポス2世の子アレキサンドロス大王の秘書(書記官)にもなり、大王の東方遠征にも同行し、軍才を見出されマケドニア軍の将軍の一人にもなるのです。

 

一旦は底の生活をするが、困難を乗り越えていく姿や、豊かな教養と観察眼を持ち、クールな判断力、大胆な行動力を持つエウメネスに引き込まれ、どんどん先を読んでしまう。マケドニアやペルシアの歴史や文明を知ることができる作品です。

 

 

ヘウレーカ

紀元前3世紀後半、ローマ対カルタゴの第二ポエニ戦争(紀元前219年~紀元前201年)が起きていた時代で、シチリア島の中心都市シラクサは、ローマと同盟は結んでいたものの親ローマ派と親カルタゴ派に分裂していた。

その中で、カルタゴハンニバルの下に亡命していたエピキュデス将軍がシラクサに戻り、クーデターを起こした。親ローマ派を排除してローマとの同盟を破棄し、カルタゴに加わったのだ。

これに怒ったローマ軍は、紀元前214年にマルケルスを司令官とする大軍をシラクサに差し向けてきた。シラクサが誇る重鎮の学者、アルキメデスが考案した数々の兵器は、マルケルスらローマ軍を大いに苦しめたのである。

※ヘウレーカとは、アルキメデスが「アルキメデスの原理」を発見したときに喜びのあまり発した言葉で、「わかったぞ!」という意味。

※※「流体の中に入っている物体は、その物体が押しのけている流体の重量と同じ大きさで上向きの浮力を受ける(例えば、水の中に自分が入った場合、自分が押しのけた水と同じ重さの浮力が発生する)」

 

 

アドアストラ

アド・アストラの舞台は二次ポエニ戦争で、共和政ローマカルタゴとの間で紀元前219年から紀元前201年にかけて戦われた戦争である。当時の戦闘の記録や文化的な描写も細かく描いており、史実を忠実に再現した物語となっています。

第一次ポエニ戦争は、ローマが勝利し、カルタゴシチリア島をローマに奪われ、地中海の海上覇権を大きく失った。このため、カルタゴハミルカル・バルカはヒスパニアイベリア半島)の征服に乗り出しました。

紀元前221年、ハミルカム・バルカの後継者ハスドルバルが暗殺されると、ハミルカル・バルカの息子ハンニバルが後継者となりました。

 

紀元前219年、ハンニバルはローマと同盟を結んでいた、ヒスパニアサグントゥムを攻撃し、二次ポエニ戦争が始まったのです。この戦争において、カルタゴ側の将軍ハンニバル・バルカはイタリア半島の大部分を侵略し、多大な損害と恐怖をローマ側に残したため、この戦争はハンニバル戦争とも言われています。

 

一方、ハンニバルのライバルとなるスキピオ・アフリカヌスは17歳でローマ軍に加わり、ローマ軍が敗北を重ねたいくつかの会戦で、ハンニバルの天才的な用兵を見てきました。

スキピオは紀元前210年、軍団指揮権を与えられ、紀元前206年にヒスパニア支配を奪回し、翌年に執政官となりました。

そして、紀元前204年、アフリカに遠征し、ザマの戦いで、スキピオハンニバルは対決したのです。

 

戦闘はし烈を極めたが、ローマ軍がカルタゴ軍を破り、大勝利を収めました。これにより、事実上第二次ポエニ戦争終結しました。

 

紀元前3世紀、台頭著しい共和政ローマを恐怖の底に突き落とした男がいた。ハンニバル・バルカ。ローマ史上最大の敵となった怪物と、彼からローマを守った英雄プブリウス・コルネリウススキピオ。同時代を生きた二人の戦いが、今幕を開ける。 (アマゾンより)

 

 

プリニウス

紀元1世紀の古代ローマ博物学者、ガイウス・プリニウス・セクンドゥス(Gaius Plinius Secundus、通称大プリニウス。23-79年)とその書記官、そして暴君として名高い皇帝ネロらを描いた歴史物語です。

プリニウス古代ローマ博物学者だけでなく政治家、軍人としても活躍した。

23歳のころ軍隊にはいり、ゲルマニア遠征加わり、その後なローマ帝国の属州総督を歴任し、自然界の百科全書『博物誌』を書いた人物である。

スペイン北部に皇帝代行てして赴任した時に、現在では世界遺産にもなっているラス・メドゥラスの採鉱作業にも参加した。

79年にヴェスヴィオ山)の大噴火でヘルクラネウムポンペイの町が壊滅したとき、プリニウスはイタリアのナポリの近くで、ローマ西部艦隊の司令長官であった。

火山現象の調査と友人救出するため、プリニウスナポリ湾をわたってスタビアエに上陸し死亡した。(火山ガスの中毒死という説)

 

紀元60年ごろのシキリア(現在のシチリア)。エトナ山の噴火により家と家財を失った青年エウクレスは、ローマ帝国のシキリア属州総督代行として被害確認に来ていたプリニウスと出会う。プリニウスが語る雷の発生論に感銘を受けたエウクレスは、それを書き留めようとしたことが気に入られ、プリニウスの口頭記述係となり行動を共にすることとなる。

 一方、そのころのローマでは、当時の皇帝であるネロ帝の横暴が日増しに激しくなっていた。被害状況を確認している途中にも関わらずネロ帝から呼び出されたプリニウスは、理不尽な呼び出しに反発し、遠回りな陸路を使って道中の記録を取りながらローマへ向かうのであった。(ウィキペディア

 

 

 

11世紀~14世紀

時代は11世紀まで飛びます。ヴァイキングの出現、それによりイングランドやフランスなどが占領され、勢力地図に大きな影響を及ぼします。フランスに住むヴァイキング系のノルマン人がイングランドを占領し、その子孫とフランスが100年戦争を起こしたりしました。

ヴィンランド・サガ

時代は11世紀初頭、ヨーロッパではヴァイキングが出現してイングランドを荒らし始め、各地を略奪、占領していました。

伝説の最強戦士の息子トルフィンは、父の仇を討つためだけに生き、子供の頃からヴァイキングに加わり残虐な殺戮を繰り返すのです。

しかし、トルフィンは、ヴァイキングのボスの死により復讐を果たせず失意に落ちてしまいます。奴隷となったトルフィンはヴァイキング時代の殺戮行為に罪を感じて苦しむ。奴隷から解放された後、仲間とともに、新天地「ヴィンランド」を目指し、争いのない平和な国を作ろうとします。

「真の最強戦士とは何なのか?」

トルフィンの成長と共に心理的にも大きく変化していく様子を描き、共感を呼ぶ。ヴァイキングについて、勉強になる漫画です。

※トルフィン:アイスランドの冒険家 ソルフィン・ソルザルソンがモデル

ヴィンランド・サガに関する参考記事 

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インノサン少年十字軍

少年十字軍とは、第4回十字軍の後、フランスやドイツで、少年・少女が中心となって結成された十字軍のことである。1212年のフランスの少年十字軍では、少年エティエンヌが神の啓示を受けたとして、約2万人の少年少女が十字軍として聖地奪還に向かった。しかし、途中、船を斡旋した商人の陰謀によりアレクサンドリアで奴隷として売り飛ばされてしまった。

ドイツでも、狂信的な青年ニコラスに率いられた少年達がアルプス山脈を越えてローマにたどり着いた。しかし、教皇の説得によって故郷へと引き返し故郷に戻れた仲間はほんのわずかであった。


1212年の春、フランス北部の田舎町で、普通の羊飼いとして生活していた少年エティエンヌは、ある日草原で不思議ならっぱの音を耳にする。

そして、十字架上の救世主を幻に見たのである。エティエンヌは髪と目の色が変わり、町を襲った盗賊を退ける奇跡を起こす。

エティエンヌは12人の仲間と共に、「少年十字軍」を結成し、エルサレムを目指して旅立つことを決心するのである。

引用元:ウィキペディア

 

 

ホークウッド

時代はイングランドとフランスとの間に、百年戦争が起きていた14世紀。金を払う雇い主を見つけて戦う、傭兵を生業とする者たちがいました。

傭兵隊長ホークウッドは、時によりフランスに雇われたりイングランドに雇われたり、金のためなら手段を選ばず、有能な戦いぶりを発揮していました。

ホークウッドはブラックプリンスと呼ばれた軍事的天才・エドワード黒太子にも雇われ、雇用関係・友情、ライバル関係と2人の間では複雑な関係を続けていく点が、ポイントと思います。

 1346年に起きた、イングランドの長弓兵部隊がフランスの重装騎兵を撃破した歴史的な戦い「クレシーの戦い」が描かれており、歴史上の史実も楽しめます。

ジョン・ホークウッド(1320~1394年)
エドワード黒太子 - Wikipedia

クレシーの戦い - Wikipedia

 

 

ガーター騎士団

14世紀のイングランドで、フランスとの100年戦争の時代。騎士道に傾倒し、ガーター騎士団の創設したエドワード3世と、それに疑問を持つ息子のエドワード黒太子がいました。

騎士道とは何か?騎士団創設から、スペイン海軍との戦い、フランスとの歴史的な戦いなど、各地を転戦する様子を、黒太子の苦悩やエドワード3世との関係を通して描かれています。

ガーター騎士団(Knights of the Garter)とは、1348年にイングランド国王エドワード3世が黒太子と24人の騎士をウィンザー城に集めて創設し、現在まで続いています。エドワード3世が「アーサー王と円卓の騎士」の故事に基づいて創設した、と言う説もありますよ。

 

 

15世紀~18世紀 

ジャンヌダルクの活躍もありフランスとイングランド百年戦争が終わり、イングランドではばら戦争が起きたのち、エリザベス1世の時代にはイングランドが強化された時代でした。ヨーロッパでは各国で宗教的な争いも起きていました。

 

乙女戦争 ディーヴチー・ヴァールカ

フス戦争とは、15世紀にヨーロッパで起きた宗教戦争で(1419~1436年)、神聖ローマ帝国カトリック教会と、チェコポーランドのフス派信者が戦いました。

1415年、ボヘミア宗教改革者フスが異端として処刑され、カトリック教会の迫害に怒ったフス派の信徒が、神聖ローマ皇帝ジギスムントに対して1419年プラハで反乱を起こし、全国的に広がりました。

ジギスムントは、ローマ教皇の要請もあって十字軍をボヘミアに派遣したが、フス派の軍勢はしばしば十字軍を破り、鎮圧に失敗しました。

皇帝と教皇側は、フス派と1433年に和解を取り付け、和解反対派は鎮圧し、1436年に最終的な和約が成立しました。

漫画の舞台は1420年、チェコ西部のボヘミア王国。フス戦争により家族を虐殺された12歳の少女シャールカは、フス派義勇軍の英雄ヤン・ジシュカに導かれ、仲間たちと共に反カトリックの戦いに身を投じていくストーリーです。

フス戦争は、ヨーロッパ史において、銃が組織的に大量に使われた始めての戦争であり、その戦場に立つ少女兵を描いています。

 

 

レベレーション(啓示) 

「わたしは解放される。疑ってはならない」

異端者として処刑を宣告されたジャンヌ・ダルク。ジャンヌは、少女のころから、神の声を聞いていた。少なくともジャンヌは神の啓示を受けたと思っていました。

フランスの「ロレーヌの少女」ジャンヌ。祖国を救うため男装して参戦し、シャルル7世を助け、1428~29年のオルレアン包囲戦でフランス軍を奇跡的な勝利へ導き英雄となりました。この勝利が、英仏百年戦争で窮地に立たされていたフランスを救ったのです。

しかし、敵対するイングランド川に捕らえられ、魔女の汚名を着せられ、火あぶりの刑に処せられてしまいました。

 火刑台へ連行されながら、ジャンヌは初めて神の「声」を受けた日のことを思い出していました。少なくともジャンヌは、神の声を聞き、神の啓示を受けたと思っていました。

それは一体何であったのか?ということに焦点を当て、ジャンヌの神との対話・人生観をじっくり丹念に描いている漫画です。

 

 

薔薇王の葬列

舞台は15世紀のイングランド白薔薇のヨーク家と赤薔薇のランカスター家が王位継承を巡って争っていた、いわゆるバラ戦争の時代です。

ヨーク家の三男・リチャードは、歴史的には悪人とされているが、なんとリチャードは男性も女性も愛せる事に目覚め、敵方のヘンリー6世と禁断の関係に陥っていくのです。

ウィリアム・シェイクスピアの史劇「リチャード三世」を原案に描かれるダークファンタジーです。 

薔薇王の葬列 Special Movie - YouTube

薔薇戦争に関する参考記事www.rekishiwales.com

 

 

チェーザレ

チェーザレ・ボルジア(Cesare Borgia、1475-1507) は、イタリアのルネサンス期の軍人・政治家。冷酷で武にも優れ、機略に富んだカリスマ的な戦略家で、とても美男子だったとも言われます。

チェーザレは父ロドリゴ・ボルジア(ローマ教皇アレクサンドル6世)の地位と財産を利用し、知略と謀略で地位と権力を高め、教皇軍総司令官に就任。イタリア半島の統一に乗り出します。

しかし、スペイン王など多くの政敵を作った。マイナーな人物ながら、強いカリスマ性&残虐な性格から、日本の織田信長と比較されることも多く、この点が漫画の中でどう描かれるかが興味深いです。

1503年父アレクサンデル6世が亡くなると勢いを失い、かつて父の政敵であったユリウス二世の教皇就任の後押しをするもハメられ、地位も財産もほぼ全てを失います。 

その後、チェーザレは義兄のナバラ王国に落ち延び、ナバラ軍とスペイン軍との戦闘に一部隊を率いて参したが、戦死しました。

漫画のストーリーは、

1491年11月、ピサのサピエンツァ大学に16歳の青年アンジェロ・ダ・カノッサが編入してきた。大学での講義の最中、周囲の空気を読めないアンジェロはその言動によってメディチ家の子息・ジョヴァンニの面子を潰してしまう。

その仕返しに、ジョヴァンニに誘われた馬の遠乗りでアンジェロは騎乗している馬を暴走させられ、崖に落ちそうになる。だが、その寸前に一人の青年に助けられた。彼こそが名門貴族ボルジア家の後継者、チェーザレ・ボルジアであった。

当時のイタリアは周辺の列強諸国による干渉にさらされ、またカトリック教会も権力闘争の場となっており、800年に渡って繰り広げられたイベリア半島再征服運動(レコンキスタ)の完了を目前とした激動の時代が始まろうとしていた。

チェーザレは父ロドリーゴ・ボルジアやメディチ家、ラファエーレ・リアーリオ枢機卿などと手を組みながら権謀術数を駆使し、自らの理想を実現するための戦いを始める。(ウィキペディアより)

 

 

 

女王エリザベス

16世紀のイングランド。宗教対立、財政難と混乱する中で、姉メアリー1世の後を継いで、25歳の若きエリザベスが女王として即位します。数々の国内外の脅威にさらされながら、一国のあるじとしてエリザベスは生きていきます。

スペインやポルトガル、フランスの中で、弱小のイングランドを強力な国に育て黄金時代を築きました。

神の加護の元に「王国そして臣民と結婚した者」と言われ、本人も「私のよき臣民、すべてが私の夫だ」と語っていました。

そんなエリザベスの支えは、幼いころから育んできたロバート・ダドリーとの愛でした。処女王エリザベスの半生を描いた作品です。

エリザベス1世に関する参考記事 

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18世紀 

百年戦争の後、フランスでは絶対王政が続きましたが、フランス革命が起き、ナポレオンが台頭しました。 

ベルサイユのばら

1770年、オーストリア帝国ハプスブルク家の皇女マリー・アントワネットは14歳でフランスのブルボン家に嫁いだ。

そして、国王ルイ15世が死去すると、孫のルイ16世が即位し、アントワネットはフランスの王妃となった。

おしゃれで遊び好きな王妃の浪費ぶりは、ますます国家財政を傾かせた。また、スウェーデンの貴公子フェルゼン伯爵との不倫の噂が持ち上がったのだ。

長年のフランスと敵対してオーストリアから嫁いだ王妃に、人々の不満と避難の目は集中した。

1787年に起きた絶対王政に対する貴族の反抗は、1789年から全社会層を巻き込む本格的なフランス革命となった。そして1789年7月14日にはバスティーユ陥落が起き、革命軍は、ルイ16世、アントワネットの国王一家はパリに監禁された。

フェルゼン伯爵は、幽閉された王妃アントワネットの元に駆けつけ、国王一家の救出にあらゆる手を使ったが叶わず、ルイ16世に続きアントワネットも処刑された。

類を見ない大ブームを巻き起こし今なお世界中の人々を魅了してやまない不朽の名作。

フランス宮廷-そこは世界一華やかで贅沢さを競い合うセレブたちの憩いの場。時は18世紀、若き皇太子妃として、オーストリア・ハプスブルグ家よりマリー・アントワネットが嫁いでくる。

皇太子夫妻を護衛するのは、男装の麗人・オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ。華麗な登場人物に導かれながら、ベルサイユを舞台にした情感あふれるストーリー展開にあなたも夢中になるはず。

身分を超え求め合う‘愛’、どんな逆境にもくじけない‘愛’をご堪能ください。

アマゾンより

 

 

 

イノサン

シャルル=アンリ・サンソン(Charles-Henri Sanson,1739-1806年)は、パリの死刑執行人を勤めたサンソン家の4代目当主。フランス革命期のルイ16世マリー・アントワネットをはじめ、著名人の処刑のほとんどに関わった。

サンソンは、治安維持の観点から当時の国としては重要な役目にもかかわらず、人に忌み嫌われていたという不遇の家系であった。

サンソンは執行人ながら、信仰深く、分け隔てしない平等論者で、熱心な死刑廃止論者で、自分の運命に思い悩み、葛藤がつづいた。

何度も死刑廃止の嘆願書を出したが、実現することはなく、人類史上2番目に多い死刑執行者となった。

主人公のシャルル=アンリ・サンソンは死刑執行人という役目に誇りを持ちつつも死刑制度には反対というなんとも複雑な人物。

当初は弱腰でなよなよしていたのに巻を重ねるに連れて段々と自分ではなく家族を守るためという目的が出てきたり、妹のマリー(同じく死刑執行人)が破天荒すぎてすごかったりなど、周りのキャラも非常に立ってます。

18世紀、「自由と平等」を望み、現代社会の出発点となったフランス革命。その闇に生きたもう一人の主人公シャルルアンリ・サンソン。彼は、パリで死刑執行人を務めるサンソン家四代目の当主。その過酷な運命に気高く立ち向かった“純真"を描く。

引用:アマゾン 

 

 

 

皇帝ナポレオン

ナポレオン・ボナパルトは革命期のフランスの軍人・政治家です。フランス革命後の混乱を収拾して時流に乗り、ナポレオン1世(在位:1804年 - 1814年、1815年)として、フランス第一帝政の皇帝になり、軍事独裁政権を築きました。

巨大な軍隊をつくりナポレオン戦争を起こし、イギリス、スウェーデンオスマン帝国を除く、ヨーロッパの大半を勢力下に置きました。

しかし、1808年スペインの敗戦、1812年のロシア戦争で敗北&退却し、パリでのクーデターが起き、これを見た各国の反ナポレオン同盟を結び、ナポレオンは敗北して失脚しました。

ナポレオン・ボナパルトが用いて広めた法・政治・軍事といった制度は、その後のヨーロッパにおいて共通のものとなった。かつて古代ローマの法・政治・軍事が各国に伝播していったこと以上の影響を世界に与えたと見ることもできる。 (ウィキペディアより)

少女漫画史に輝く金字塔、『ベルサイユのばら』には続きがあった。ナポレオンの生涯、革命が裏切られ行くフランスの姿を、「ベルばら」のその後の世界を舞台に描く。

「ベルばら」のアラン・ド・ソワソンも登場します。

 クーデターから「革命」を護るために国民公会に駆けつけたアランは、そこでクーデター鎮圧のために市民に大砲を向けるナポレオンと運命的な出会いを果たす。(アマゾンより)

 

 

 

さいごに

漫画を読んで、歴史の流れを知る。それだけでなく、更に漫画の背景になっている歴史を知ることにより、更に漫画も楽しめると思います。今回の記事がきっかけで、歴史に興味を持っていただいたり、より漫画を楽しんでいただけたら嬉しく思います。

最後まで読んでくださり、有難うございました。

屈辱とたくらみ ~ 威勒士の風波 第5話 ~

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こんにちは。たなかあきらです。
中世ウェールズの歴史をもとに、ストーリーを書きました。 
このストーリーをもとに漫画にできたらなあ、と思います。

今回は第5話です。

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屈辱

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え、エセルレッド!   くくっそー、何たる屈辱感。 それに俺はあの男、オレかなり苦手だ・・・

 

f:id:t-akr125:20180303131417p:plainオホホホ~ 

アナラウドは、ブルブルブルブルっ、と震えた。ふとアナラウドは思った。なぜ、気色悪いエセルレッドが現れたのだろうか? 裏がないだろうか。いや、最初から仕組まれてはいなかったのだろうか?

 

アナラウドははっと思い当たった。

 

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待てよ、カデルの奴。以前、俺にウェセックスマーシアとの同盟を勧めたことがあったな。カデルの仕業だったのか?

 

待てよ、まさか・・・アナラウドな頭の中は、グルグルと回り始めた。しばらく空回りし、ガチャと、ギアがはまった様になった。アナラウドの顔からはみるみる血の気が引き、今度は再び血の気が赤く上ってくるのが分かった。

 

 

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ウェセックスとの同盟を嫌がった俺をハメるため、まさか、カデルの奴が・・・

奴が、ヴァイキングをそそのかして俺の領土に攻撃させ、ウェセックスとの同盟をするように仕向けたのか。

そうか、そうだったのか。それで話が繋がってきた。カデルは、俺を陥れようと裏でエセルレッドと結託していたのか。

  

f:id:t-akr125:20180303131417p:plainオホホホ~

 

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許せん!カデルの奴。ウェールズ統治者アナラウド様への反逆罪として成敗してやる!

 

アナラウドは、止む無くウェセックスとの同盟を結ぶためにと重い腰を上げたが、アルフレッド王に上手く計られウェセックスの傘下に入るだけでなく、宿敵マーシアのエセルレッドにまで従わざるを得なく、コケにされてしまった。

 

f:id:t-akr125:20180303131417p:plainオホホホ~

 

苦い屈辱感と敗北感とともにアナラウドは、ウェールズに戻ってきた。このような扱いをアナラウドは受けた事があっただろうか、ウェールズは経験した事があっただろうか。いや、ウェールズの歴史上、未曾有の出来事であった。

ついにアナラウドは激しい怒りが込み上がってきた。

 

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カデルめ、今に見ていろ。俺様の恐ろしさを思い知らせてやる。

 

たくらみ

 

アナラウドは手下を引き連れ居城を飛び出し、隣国へと向かった。

 

 

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メルヴァン、メルヴァンはおらぬか!

 

その声に、メルヴァンは驚いた。ケンカ別れ的にバラバラになった三兄弟のうち、長兄のアナラウドが自分の所に来るとは予想していなかったのだ。

さらに、気の弱いメルヴァンは怒りを抑え切れないアナラウドの形相を怖れたのだ。

 

 

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は、はい、アナラウド兄様。どうされました。そんなこわい顔をして。

  

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どうもこうもあるか。カデルは反逆者だ。メルヴァン、お前すぐに軍を引き連れて、カデルを攻めよ! デハイバースを攻めカデルを捕らえてこい。

 

 

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何があったんですか?カデル兄さんが何をしたんですか?

 

メルヴァンの困惑にも、アナラウドはズバッと切り捨てた。

 

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問答無用! オレを誰だと思っているのだ。全ウェールズの君主、アナラウドだぞ。カデルの奴はオレの顔に、未だかつてない泥を塗りやがった。奴はウェールズの敵だ!

 

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カデル兄さんは、侵略戦争で国力を強化するのではなく、国を富ませる仕組みを作ろうって自分の考えをアナラウド兄さんに伝え、その後はじっと動かずにいただけじゃないですか?

 

 

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問答無用!お前に何が分かる。やけにカデルの肩を持つじゃないか。お前もカデルとグルなのか? メルヴァン、お前はごちゃごちゃ言わず、ウェールズ君主に従え!

君主に従わぬ者は、反逆者と同然。家族もろとも牢に打ち込み、土地財産は没収だ。いいな!

良いか、お前が戦いに出ている間、お前の息子は俺が預かっておくことにしよう。必ずカデルを捕らえてこい。それまでは戻ってくるな、失敗も許さぬぞ。

 

 

(アナラウド兄様は何も知らない・・・)

 

 

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ふん、メルヴァンが勝てば、オレの腹の虫は治まり、オレの権利は強化される。ふふふ、カデルの領土デハイバースは俺のものだ。

たとえメルヴァンが負けても、メルヴァンの敵討ちと俺様への反逆者の成敗、という2つの大義をもってカデルを討てるぞ。

そこに、せっかくの同盟なので、カデル成敗には、エセルレッドも当ててやろう。2人とも潰れてくれればラッキーだぜ。

 

避けられぬ悩み 

メルヴァンは考えた 

アナラウドとカデルが戦ったら、ウェールズは真っ二つに別れてしまう。

内乱になると国防が疎かになり、ウェセックスマーシア、更にはヴァイキングの格好の標的になってしまう。今度こそ、本当にウェールズの危機になってしまう。

メルヴァンは悩んだ。  

 

アナラウドは考えが短絡的で、近隣諸国や自国内の情勢を誤解していた。なぜ、ヴァイキングがアナラウドを攻めたのか、本当の理由を知らなかった。これには秘密があった。恐らくメルヴァンだけが知っていた。

 

メルヴァンは深く悩んだ。
アナラウドに真相を話すべきなのか、いや話したところで情勢は変わらないだろう。いや、メルヴァンはアナラウドに脅されている身。一家皆殺しになるかも知れない。

 

悩んだ末、メルヴァンは結論を出した。メルヴァンは、自分のポウィス軍を率いて出発し、カデルの領土へ向かうことにした。

 

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僕にはもう、この方法しか残されていない。

 

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メルヴァン率いるポウィス軍は真っ直ぐにデハイバースにはいり、そのまま進軍し南下してきた。カデルの拠点、ディネヴァウルの近くまで来て、メルヴァンは軍を止めた。

 

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悲しいけれど、僕はもう後戻りはできない。戦いは避けることはできなくなってしまった。僕にできることをやるしかない。

 

メルヴァンは覚悟を決めた。これまで、アナラウドやカデルの影に隠れ、存在感は薄かったが、ここでやるしかない、と思った。

 

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僕の力が無かった。ぼくの役割だったのに、兄さんたちを上手く繋げることが出来なかった。

 

 

メルヴァンは少数の軍隊を派遣し、真っ正面から攻撃を始めた。その様子をみて、カデルも少数の軍隊を動かし、応戦をした。

しかし、お互い様子を見ているのだろうか、戦争と呼ぶには程遠く、小競り合いのようであった。とにかく、戦いは始まった。

 

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よし行くぞ。

 

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メルヴァンは僅かな兵を引き連れて、ディネヴァウルの要塞城の裏に回った。裏口から城の中に進入しようという考えであった。

しかし、城の裏には兵もいなく、なぜか裏口は無防備にも開け広げられていた

 

メルヴァンは静寂さを怪しく感じながらも、何か導かれているような気がして、先を進んだ

 

 

メルヴァン!

 

突然、背後から声がして、裏口が閉じられた。

 

バタン

 

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なにっ

 

 

つづく・・・

 

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メルヴァンの奴、本当にオレと戦うつもりなのか?いや、奴の事だ。きっと、言えぬ何か裏がありそうだ。見張りを多く放っておこう

 

f:id:t-akr125:20180303131417p:plainオホホホ~ www.rekishiwales.com

 

 

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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創作歴史ストーリー(26話。1~5話のリライトが本記事です) 

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七つの大罪 十戒のメンバーとモーセの十戒の関係

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漫画七つの大罪では、ブリタニア(古代のイギリス)を舞台として、リオネス王国奪還篇では、七つの大罪人のメンバーたちが活躍し、聖騎士団たちを倒してリオネス王国を取り戻した内容でした。

7つの大罪」は、キリスト教カトリックの用語で、人間を罪に導く可能性のある欲望や感情を示すもので、「傲慢」「憤慨」「嫉妬」「怠惰」「強欲」「暴食」「色欲」です。

この「7つの大罪」の罪状を持ったメンバーたちの多くは、アーサー王物語に登場する円卓の騎士たちがモデルとなっており、アーサー王自身も登場しました。

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次の十戒篇においては、三千年前に封印されていた魔神族の精鋭たちが復活し、ブリタニアを侵略。これに対し、七つの大罪のメンバーやアーサー王ブリタニアを取り戻すために戦いを挑む内容です。

この「十戒」とは何でしょうか?

旧約聖書に書かれている「十戒」について
・魔神族の十戒のメンバーたちと、それぞれの戒禁(いましめ)

について纏めました。

旧約聖書十戒は約3千年前の事で、魔神族が封印されたのも同じ頃で興味深いです 

 

 

モーセ十戒」の歴史

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モーセ十戒(じっかい)とは、紀元前13世紀頃のイスラエルのカリスマ的指導者であるモーセが、神から与えられたとされる10の戒律のことです。
モーセ十戒は「旧約聖書」中で、「出エジプト記」に載っており、エジプト出発の後にモーセシナイ山にて、神より授かったと記されています。

 

出エジプト記」よりますと、モーセはエジプトでヘブライ人の家族に産まれましたが、エジプトのファラオが新生児は殺せと命令し、逃れるためにナイル川に流されて王族に拾われて育てられました。

モーセはエジプト人を殺して砂漠に隠れましたが、神の使命を受け、奴隷状態にあったヘブライ人を率いてエジプトから脱出しようとしました。

しかし、ファラオたちが戦車と騎兵からなる軍勢を差し向け、モーセヘブライ人たちは紅海に追い詰められ、絶体絶命の状況に陥ってしまいました。

この時、モーセが手にもっていた杖を振り上げると、紅海の水が割れたため、無事にエジプトを脱出できたのです。

 

そして、モーセシナイ山で神ヤーウェとヘブライ人は、ヤーウェの民となる契約を結び、その時モーセは神からヘブライ人が守るべき「十戒」を授かったのです。

 

十戒」の内容について

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プロテスタント十戒カトリック十戒についてです。やや異なる部分はありますが、基本は同じです。(ウィキペディアより)

 プロテスタント十戒

  1. 主が唯一の神であること
  2. 偶像を作ってはならないこと(偶像崇拝の禁止)
  3. 神の名をみだりに唱えてはならないこと
  4. 安息日を守ること
  5. 父母を敬うこと
  6. 殺人をしてはいけないこと(汝、殺す無かれ)
  7. 姦淫をしてはいけないこと
  8. 盗んではいけないこと
  9. 隣人について偽証してはいけないこと
  10. 隣人の財産をむさぼってはいけないこと

1から4までは神と人との関係であり、5から10までは人と人に関する項目です。

 

カトリック十戒

わたしはあなたの主なる神である。

  1. わたしのほかに神があってはならない。
  2. あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。
  3. 主の日を心にとどめ、これを聖とせよ。
  4. あなたの父母を敬え。
  5. 殺してはならない。
  6. 姦淫してはならない。
  7. 盗んではならない。
  8. 隣人に関して偽証してはならない。
  9. 隣人の妻を欲してはならない。
  10. 隣人の財産を欲してはならない。

 ※プロテスタントカトリックは殆ど同じですが、違いはプロテスタントには、偶像崇拝の禁止があり、カトリックには隣人の妻を欲してはならない、の項がある点です

 

七つの大罪での「十戒」の戒禁とメンバー

 

参考

youtu.be

 

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漫画七つの大罪の「十戒」の戒禁およびメンバー、さらにプロテスタント十戒を当てはめてみました。

十戒のメンバーと戒禁 

戒禁「敬神」

実際の十戒・・・①主が唯一の神であること

呪い:この戒禁を持つ者に背を向ける者を、魔神王の代理への「背信」とみなし、強制的に服従させる。

 

ゼルドリス(闘級61000)

:敬神によって相手を強制的に服従させることができるという強力な戒禁の力を持っています。魔神王の三人兄弟の末っ子で、主人公メリオダス十戒メンバーのエスタロッサの弟。

戒禁「信仰」

実際の十戒:②偶像を作ってはならないこと(偶像崇拝の禁止)

呪い:この戒禁を持つ者の前で「不信」を抱く者は、何人だろうとその眼を焼かれる。

 

メラスキュラ(闘級:34000)
前髪をおかっぱにしている長髪の女性で死者、魂を操る専門家ですが、大酒飲み。
死者蘇生の魔法が得意。

 

戒禁「沈黙」

実際の十戒:③神の名をみだりに唱えてはならないこと 

呪い:戒禁の沈黙には、どのような呪いが下るのか不明です。

 

モンスピート(闘級:53000)

マントを羽織った、体に黒い帯を巻き付けている中年男性。冷静沈着で気配感知に優れており、同じ十戒メンバーであるデリエリの保護者的立場にあり、いつもデリエリの言葉を翻訳している。

 

戒禁「安息」

実際の十戒:④安息日を守ること

呪い:どのような呪いが下るのかはまだ不明です

 

グロキシニア(闘級:50000)

妖精族であり魔神族ではありませんが十戒のメンバーです。古の聖戦で命を落としたとされる初代妖精王。妖精王としての姿を表すと巨大な羽が背部に出現します。

 

戒禁「慈愛」

実際の十戒:⑤父母を敬うこと

呪い:この戒禁を持つ者の前で「憎悪」を抱く者は、何人をも傷つける術を失う。

 

エスタロッサ(闘級60000)

:慈愛は憎悪をもつ相手に発動され、人を傷つけることができなくなってしまいます。魔神王の三人兄弟の1人で、七つの大罪団長メリオダスの弟で十戒リーダーであるゼルドリスの兄。

 

戒禁「不殺」

実際の十戒:⑥殺人をしてはいけないこと(汝、殺す無かれ)

呪い:この戒禁を持つ者の前で「殺生」を行う者は、全ての時を奪われてしまいます。これは全ての寿命を消費するということに等しく、戒禁を破ると一瞬で老衰し死に至るというものです。

 

グレイロード(闘級:39000)

無数の「灰色」の顔仮面をつける女性魔神。他人の姿を模することができる。目の前で殺生をしたものは寿命を奪われてしまう、という力を持ちます。しかし、マーリンの能力である「無限」にはその戒禁は効力が無く、グレイロード自身が捕まってしまいました。

 

戒禁「純潔」

実際の十戒:⑦姦淫をしてはいけないこと

呪い:詳細は不明です

 

デリエリ(闘級:52000)

全身の所々に影を巻き付けている髪がボサボサの女性です。3000年前の聖戦の時、実姉を目の前で女神族に殺され女神族に恨みを持つ。十戒のモンスピートと共に暮らしているようです。

  

戒禁「忍耐」

実際の戒禁:⑧盗んではいけないこと 

呪い:どのような呪いが下るのかは不明です。

 

ドロール(闘級:54000)

石のような肌色と四本の腕を持つ巨人族で大地の神にして巨人族の始祖とされています。巨人族の長として魔神族とは敵対していましたが3000年前の聖戦時にゼルドリスに完敗し、魔神族の勢力下に入りました。

 

戒禁「真実」

実際の十戒:⑨隣人について偽証してはいけないこと

呪い:この戒禁を持つ者の前で「偽り」を口にすれば、何人であろうとその身は石化すします。ただ、本人が真実だと思っていれば、例えうそでも石化はしません。

 

ガラン(闘級:26000~40000)

とても背が高く甲冑のような姿を持つ老戦士です。古風な老戦士らしく真っ向勝負を好む武人気質の一方、弱者には一切の興味を示さずに容赦なく一瞬で葬り去る冷淡な面もあります。打倒メリオダスに燃える。

 

戒禁「無欲」

実際の十戒:⑩隣人の財産をむさぼってはいけないこと

呪い:無欲を破った者は記憶と感情を奪われてしまいます

 

ゴウセル(闘級:3100)

現在は「色欲のゴウセル」として七つの大罪メンバーとなっていますが、十戒のメンバーであるゴウセルによって作られた人形です。ゴウセル本人が、無欲の戒禁によって記憶と感情を失ってしまったようです。

 

 

その他(旧メンバーなど)

◎フラウドリン(闘級:31000)
戒禁:なし
3000年前の封印を唯一逃れた十戒メンバーで、聖騎士ドレファスに取り憑いて、他の十戒メンバーの封印を解きました。ゴウセルの代理として十戒に属しているので戒禁は持っていません。エリザベスの前世でリズを殺した人物。

 

◎カルマディオス
戒禁:背信
十戒のメンバーで、6本の腕を持つ巨人。3000年前にメリオダスによって倒されました。

 

◎アナラクとゼノ
十戒のメンバー。3000年前にメリオダスに倒されました。フラウドリンの回想シーンに登場します。

 

メリオダス
十戒のメンバーで3000年前は十戒のリーダでした。現在は七つの大罪団長で「憤怒の罪」。魔神王の三兄弟の1人で、ぜルドリスとエスタロッサはメリオダスの弟。

魔神王に不死の呪いをかけられているため、魔神王に感情の一部を捧げる代わりに、死んでも生き返ることを繰り返します。やがて魔神族の心を思い出していくのです。

 

最後に

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七つの大罪は、アーサー王物語、キリスト教での「七つの大罪」、旧約聖書に書かれている「十戒」など、さまざまな要素が含まれていて、とても興味深いです。七つの大罪に含まれている、歴史上の出来事など、今後も書いていきたいと思います。参考にしてさらに漫画を楽しんでくださるとありがたいです。

 

 最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

 

アイザック・ニュートンのリンゴにまつわる深い意味

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こんにちは、たなかあきらです。

ニュートンは、「りんごの木からりんごが落ちるのを見て、万有引力を思いついた」と言われていますが、本当でしょうか?

何の証拠もないと言われています。事実は、どこまで本当なのか、纏めてみました。

 

ニュートンのリンゴは本当の話しか?

 

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ニュートンに関わるリンゴの木はあるのでしょうか?

確かに、イングランドのウールスソープにあるニュートンの実家にはりんごの木はあったようです。

しかし、ニュートンがウールスソープに滞在していた時の記録や証拠が残っている訳ではなく、後になってからの作り話とされています。

ニュートンがローバーと・フックと、万有引力はどちらが先に発見したのか争ったとき、語った内容があります。

 

これは、1726年に作家ウィリアム・ストゥークリがニュートンとの会話した内容を、記したものです(Memoirs of Sir Isaac Newton's Life)

 when formerly, the notion of gravitation came into his mind. It was occasioned by the fall of an apple, as he sat in contemplative mood. Why should that apple always descend perpendicularly to the ground, thought he to himself. Why should it not go sideways or upwards, but constantly to the earth's centre. 

重力の概念がニュートンの心によぎったとき、それは偶然にもニュートンが瞑想状態で静かにすわっているときに偶然にリンゴが木から落ちたときであった。なぜ、りんごはいつも地面に対して垂直に落ちるのだろう、と彼自身は考えた。なぜりんごは横に行ったり、上に行ったりせず、地球の中心に向かっていくのだろうか? 
(たなかあきら訳)

 

これはニュートンが話した容とされていますが、ニュートンが本当に語ったのか? ニュートンの賢明さを表現するために作られた話、という説もあります。

また、 1727年にはフランスの天文学者ヴォルテールは自身のエッセーの中で、アイザック・ニュートンは庭仕事をしている際に、リンゴの木からリンゴが落ちるのを見て、彼の重力に関する最初の発想を得た」というエピソードを紹介しています。こちらは、ニュートンの姪に聞いた話としていますが、

いずれも真偽は分かりません。

  

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ニュートンは、りんごの木からりんごが落ちるのを見て、万有引力を思いついた」
これを、作り話として片付けてしまっては、面白くありません。

 

ニュートンは、りんごの木からりんごが落ちるのを見て、万有引力を思いついた」と言わて続けている、別の理由と深い意味を考えてはいかがでしょうか。

 

ニュートンの「驚異の年」

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新たな発想を得たり大きなことを成し遂げた人物を見てみますと、空白の時間がある人が多いようです。

ニュートンケンブリッジ大学で学位を取った1665年頃、ロンドンではペストが大流行していました。このため、大学は閉鎖されて、ニュートンも大学を離れて、帰郷することになります。ニュートンは2度帰郷し、18か月におよび故郷で暮らすことになったのです。

実は、これがニュートンにとって吉と出ました。18か月の帰郷生活は「驚異の年」と呼ばれるようになったのです。

ニュートンケンブリッジ大学でやらなければならなかった雑用から解放され、好きな学問の研究にじっくりと取り組むことが出来たのです。

この時にニュートンが取り組んだテーマは3つありました。

・数学の分野では、微積分法の開発(当初は二項定理の発見※)
・光学の分野では、ブリズムでの分光の実験(光が様々な色に分かれる)
・力学の分野では、万有引力の発見

です。

 

二項式の累乗を、二項の同次式として表す公式で(ab2a2+2abb2などがあります。

 

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このペストから逃れてのんびりと田舎暮らしをしている、1年半ほどの期間にニュートンの主要な業績の概念は作られたのでした。

この期間のことは「驚異の年」、「驚異の諸年」、「創造的休暇」とも呼ばれています。

日常生活や雑多から逃れ、自分のアイディアを深く深く考える時間を持つこと、これが成功するためには必要なようです。

ニュートンだけでなく、アインシュタインホーキング博士ダーウィンもじっくり考える時間を持ったそうです
 

 

 

 

当たり前のことをとことん突き詰めていく

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ニュートンのリンゴが木から落ちるのをみて、万有引力を思いついた。この表現には教訓があるように思います。

「当たり前のことを深く考え、疑問をどこまでも追い続ける精神が大事」ということです。

 

星と太陽の間に引力があることはケブラーが発見していました。
物体が重力で落ちることもガリレオが発見していました。

既に、これらの2つの力はニュートンの時代には常識だったのでしょう。ニュートンは(落ちる林檎を見て)、この2つ力を結びつけて万有引力の考えが閃いたのです。

 

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僕が好きな本「君たちはどう生きるのか」の中にも、ニュートンのリンゴについて、こう書かれています。 

ニュートンの林檎の話は、君たちも知ってるね。林檎の落ちるのを見て、万有引力を思いついたという話さ。だが、林檎の落ちたことから、どうして、そんなことを考えたのかしら。君たち知ってる?」
「どうしてかしらん、と疑問に思ったこともないの?」

・・・

ニュートンという偉い学者が、林檎の落ちたのを見て、引力の法則という大発見をした、これくらいのことは、小学生だって呑みこめる話さ。 ところが、このニュートンの話は、もう一歩突っ込んで、なぜ?と考えると、さあ大変だ、まるで見当がつかない」
・・・・

林檎は、まあ3メートルか4メートルの高さから落ちたのだろうが、ニュートンは、それが10メートルだったとしたらどうだろう、と考えてみた。もちろん、4メートルが10メートルになったって変わりはない。林檎は落ちるに決まってるね」


「では15メートルだったら?やっぱり落ちてくるね。20メートルだったら?同じだね。100メートル、200メートルと、高さをだんだん高くしていって何百メートルという高さを考えてみたってやはり、林檎は重力の法則に従って落ちてくる」

 

「だが、その高さを、もっともっと増していって、何千メートル、何万メートルという高さをを越し、とうとう月の高さまでいったと考える。それでも林檎は落ちてくるだろうか」

「重力が働いている限り、無論、落ちてくるはずだね。林檎には限らない、なんだって落ちてこなければならないはずだ。しかし月はどうだろう。月は落ちてこないじゃあないか」
・・・

「これは、地球が月を引っぱっている力と、月がぐるぐるまわる勢いでどこかに飛んでいってしまおうとする力と、2つの力がちょうど釣り合っているからだね」

「じゃあ、ニュートンの発見は何かというと、地球上の物体に働く重力と、天体の間に働く引力と、この2つを結びつけて、それが同じものだということを実証したことにあるんだ」

・・・


ニュートンの場合、3~4メートルの高さから落ちた林檎を、頭の中で、どこまでも、どこまでも高く持ち上げていったら、あるところに来て、ドカンと大きな考えにぶつかったんじゃないか」

「だからねえ、コペル君、あたりまえのことというのが曲者なんだよ。わかりきったことのように考え、それで通っていることを、どこまでも追っかけて考えてゆくと、もうわかりきったことだなんて言っていられないようなことにぶつかるんだね」
「こいつは、物理学に限った事じゃあないけど」

 

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この考え方には深く心を打たれました。私たちが大発見する、ことは殆どないかもしれません。しかし、日常のさまざまな問題点等に対して、あたりまえと思っていることを、とことん考えると、新たな解決策や発想が思い浮かぶことがあるんじゃないか、と思います。

雑多で忙しい毎日ですが、駆け続けているだけではなく、ふと立ち止まって、分かり切っていると思っている事を、深く考え直してみてはいかがでしょうか。

 

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このニュートンの深く深く考える話に感化された僕は、歴史を調べて深く考えました。そうしたら、いろんなことが分かってきました。(推測ですが)

 

※マイナーな王の情報を集めて考えたら、人物像が浮かび上がってきました

www.rekishiwales.com

 

 

アーサー王をじっくり考えたら、幾人かが合体した人物になった

www.rekishiwales.com

 

 最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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