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イギリス・ウェールズの歴史ーカムログ

ウェールズ語ではウェールズの事をカムリ(仲間)と言います。歴史深いウェールズに触れて下されば嬉しいです

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ヨーロッパと日本のお城の建設費は幾ら?

歴史ストーリー

●建設途中で放置された美しい世界遺産、どうして?

イギリスのウェールズは世界一お城の密度が高い地域で世界遺産も数多くあります。その中で13世紀終わりに建設が始まったビューマリス城は、資金不足で未完成のまま現在に至っています。なぜ資金不足になってしまったのか?

 

ヨーロッパのお城の建築費はどのくらい掛かるのか?

日本のお城の建築費はどのくらいなのか?

人件費、予算などを考えてお城建設について考えてみました。

 

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(Beaumaris ビューマリス城、筆者撮影)

簡単にビューマリス城の紹介をします。場所はイギリス・ウェールズ北部のアングルシー島の海沿いに面しており、上空から見ると美しいシンメトリーの形をしています。ビューマリス城は、13世紀の終わりにイングランド王エドワード一世がウェールズを征服した時に建築したお城の一つで、カナーヴォン城、コンウィ城、ハーレック城と共に世界遺産に登録されています。

 

ビューマリス城は1295年に建築が始まりましたが、資金不足になり翌年に建設がストップしました。その理由は、スコットランドで反乱が起きたため軍を派遣して鎮圧する必要がでたため、お城建築にお金を使うことができなくなったためです。

 

●中世のお城建築には幾らかかったのでしょうか?

ビューマリス城の建築には週に2625人程度の石工や採石者や労働者が働いており、270ポンドの人件費がかかったとされています(現在の貨幣価値に関すると日給約15000円程度になります)。

この計算で、日給15000円で2625人が週休2日で1年働くと、約100億円の人件費がかかります。ビューマリス城は、工事中止までに11000ポンド(現在の価値で約80億)使ったとされており、概算はほぼあっていると思います。

先に述べたように、同時期にカナーヴォン城(22000ポンド、約160億円)、コンウィ城(15000ポンド、約110億円)、ハーレック城(8200ポンド、約60億円)の建設をしており、10年程でお城建設に400億円ほど使っていることになります。 

 

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(Conwy コンウィ城、筆者撮影)

 

●中世の戦争にはどのくらいのお金がかかっていたのでしょうか?

人件費だけを考えてみます。例えば、前回計算したように騎士の給料を月給240ペンス(日給12ペンスで20日労働)と仮定すると、1万人の軍隊を形成し1か月戦死者ゼロで戦うと72億円の費用が掛かり、1年となると約860億円もの莫大な費用が掛かります。

※13世紀当時の貨幣価値を現在に置き換えるために、1ペンス=3000円、1ポンド=240ペンス=72万円で換算しています。

 

●お城や戦争の費用は、国の収入に対してどの程度だったのでしょうか?

数十年後のエドワード三世の頃の王の収入は3万ポンド~多くて9万ポンド(約200~650億円)、当時のフランスの国家予算が金2.5トン(約850億円、3.5g=12万円で換算)、16世紀のイギリスの国家予算が20万ポンド(約1400億円)程度の計算となります。それを考えると、お城の建設や戦争は非常に大きな出費となります。この予算で多額なお城をいくつも建築して、戦争にも出かけていれば予算不足になり、お城建設の中断も納得できます。

現在のイギリスの国家予算は2012年で84兆6500億円(日本は172兆円)と比べてみても、いかにお城建設や戦いにお金を使ってしまったかが分かります。

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当時のエドワード一世はお城建築を乱発し、更にウェールズスコットランド、フランスとの戦争に明け暮れ、英雄的な面を持っています。しかし、イングランドの財政を破たんさせ、息子のエドワード二世に引き継いでしまった失政も同時に見えてきます。当時の給料、費用、予算を計算していますと、必要なお城だけ建築して、戦争は情報収集と戦略をしっかり立て、如何に短期決戦で勝利することが大切かが良くわかります。

  

●日本のお城の建設にはどのくらい費用が掛かったのでしょうか?

日本のお城の建設費用は?大林組が真面目に豊臣秀吉の時代の大阪城の建設費用を見積もった例があります。大林組の試算によりますと、約800億円ほどの費用が掛かるそうです。木造建築+瓦を用いた日本のお城の方が、石造りのイギリスのお城(要塞)より、費用が掛かるようです。

豊臣秀吉もお城建設にお金を使い過ぎ、財政破たんしたのではと推測されますが、実態はどうだったのでしょうか。

 

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・豊臣家の収入

年貢収入:

220万石⇒1100億円 (1石(150㎏)=5万円で換算)

金山・銀山など商売収入:

100万両⇒1000億円  (一両=10万円で換算)

と合計2000億円以上の年間収入があったと想定できます。

 

豊臣秀吉は当時のイギリスやフランスの国家予算を超える莫大な富を持っており、800億円もかかる大阪城を建設できた理由が分かります。ちなみに江戸城天守閣を復元しようとすると約350億円、実際に復元した掛川城天守閣は11億円の予算だったそうです。

  

●まとめとおまけ

お城の建設は今の価値に換算すると何百億円と莫大な費用が掛かり、そう簡単には建設できません。その点を頭に入れつつ、大名や王たちの権力、善政・失政を考えてみるのも興味深いと思います。

 

話は飛びますが、イギリスの英雄アーサー王は常に戦争をしていました。ローマ皇帝と戦った時などは、3~4万の軍を引連れ、イギリスからフランスへ乗り込んで戦っています。一体どれだけの費用を費やしたのだろう?と思いますが、

戦争に勝利すれば略奪などなんでもありで費用以上の利益があったのだと思います。また詳しくはそのうちに語ります。

 

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