イギリス・ウェールズの歴史ーカムログ

ウェールズ語ではウェールズの事をカムリ(仲間)と言います。ウェールズの歴史、イギリスの歴史、アーサー王、イギリスの歴史に関連する内容を中心に記事を書いています。

プリンセス・オブ・ウェールズの歴史


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こんにちは、たなかあきらです。
プリンセス・オブ・ウェールズというと、ダイアナ妃が思い浮かぶと思います。

ダイアナ妃のほかにはプリンセス・オブ・ウェールズはいたのでしょうか?
また、いつからプリンセス・オブ・ウェールズはあるのでしょうか?

ネイティブのプリンセス・オブ・ウェールズを中心に、話を深めていきたいと思います。

 

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歴代のプリンセス・オブ・ウェールズ

最も人気があるのはダイアナ妃

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プリンス・オブ・ウェールズ(ウェールズ大公)は次期のイギリス国王がタイトルを保有しており、 現在はチャールズ皇太子がプリンセス・オブ・ウェールズです。 

一方、プリンセス・オブ・ウェールズ(ウェールズ大公妃)の称号もあり、名の通りプリンス・オブ・ウェールズの妃に与えられています。

 

最も有名なプリンス・オブ・ウェールズと言えば、プリンス・ダイアナ妃ですね。2002年にBBCが行った「100名の最も偉大な英国人」の世論調査では3位になり、

米CBSのニュース番組「60ミニッツ」と雑誌「バニティ・フェア」がアメリカで行った世論調査では、生き返ってほしい有名人の1位に選ばれるなど、今でも人気は衰えていません。

 

公式ではダイアナ妃は第9代のプリンセス・オブ・ウェールズで、初代は1361年までさかのぼります。

当時のプリンセス・オブ・ウェールズであった、エドワード黒太子の配偶者ジョーンに与えらたのが、プリンセス・オブ・ウェールズの始まりとされています。

 

プリンス・オブ・ウェールズは、イングランドに移ってから22代続いています(ネイティヴの3人を除く)。

イングランド王に即位するとタイトルは無くなり、同時に妃のプリンセス・オブ・ウェールズも失効します。王に即位してから結婚すると、プリンセス・オブ・ウェールズの称号はつきません。

歴代のプリンセス・オブ・ウェールズ(イングランド支配下)

プリンス・オブ・ウェールズがイングランドの王子であった頃のプリンスセス・オブ・ウェールズの一覧です。

  人物 プリンス・オブ・ウェールズ(夫)
1 ジョーン(1361年 - 1376年) エドワード3世の長男エドワード黒太子
2 アン(1470年 - 1471年) ヘンリー6世の長男エドワード
3 キャサリン(1501年 - 1502年) ヘンリー7世の長男アーサー
4 キャロライン(1714年 - 1727年) ジョージ1世の長男ジョージ・オーガスタス(→ジョージ2世)
5 オーガスタ(1736年 - 1751年) ジョージ2世の長男フレデリック・ルイス
6 キャロライン(1795年 - 1820年) ジョージ3世の長男ジョージ・オーガスタス・フレデリック(後のジョージ4世)
7 アレクサンドラ(1863年 - 1901年) ヴィクトリアの長男アルバート・エドワード(→エドワード7世)
8 メアリー(1901年 - 1910年) エドワード7世の次男ジョージ・フレデリック・アーネスト・アルバート(後のジョージ5世)
9 ダイアナ(1981年 - 1996年)
エリザベス2世の長男チャールズ・フィリップ・アーサー・ジョージ
10 カミラ(2005年 - 使用していない

 

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この表以前に、実はネイティブの、つまりウェールズ独自のプリンセス・オブ・ウェールズがいました。

1282年にウェールズがイングランドに事実上征服されるまで、プリンス・オブ・ウェールズもウェールズ人が宣言しており、その妃がプリンセス・オブ・ウェールズになっていました。

 

悲劇のネイティブのプリンセス・オブ・ウェールズ 

初代のプリンセス・オブ・ウェールズは誰なのか?

 ネイティブのプリンセス・オブ・ウェールズ一覧 

  人物 プリンス・オブ・ウェールズ(夫)
- ジョアン(Lady of Wales) ラウェリン・アプ・イオルウェルス 
(プリンス・オブ・ウェールズではない)
- イザベラ・デ・ブローズ ダヴィッズ・アプ・ラウェリン
エレナー・デ・モントフォート
(Eleanor of Snowdon)

ラウェリン・アプ・グリフィズ

(ラウェリン・ザ・ラスト)

- エリザベス・デ・フェラーズ ダヴィッズ・アプ・グリフィズ
グウェンリアン・オブ・ウェールズ
(Gwenllian of Wales)
-

 

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初代のプリセスは誰なのか? 諸説あるようですが、Lady of walesと呼ばれたジョアンでは、とも言われています。

しかし夫は、ラウェリン大王と呼ばれるウェールズ史上に残る統治者でしたが、プリンス・オブ・ウェールズを名乗っていませんでした。

また、ジョアンは夫ラウェリンに投獄されていたウィリアム卿と不倫している現場を目撃され、決してプリンセス・オブ・ウェールズと呼ばれることはなかったと言います(後に夫ラウェリンに赦され、ラウェリンの子供を産む)。

※ジョアンはイングランドの君主、ジョン王の娘

 

また、初代プリンス・オブ・ウェールズであるダヴィッズの妻イザベラ、3代目ダヴィッズの妻エリザベスはともに、プリンセス・オブ・ウェールズを名乗っていませんでした。

 

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以上より、2代目プリンス・オブ・ウェールズのラウェリン・アプ・グリフィズの妻エレナーが初代のネイティブのプリンセス・オブ・ウェールズである説が強いです。

さらに、もう一人のネイティブのプリンセスは、エレナーの娘、グウェンリアンと言われています。この二人はとても悲劇的な人物でした。

 

最初のネイティブのプリンセス・オブ・ウェールズ

エレナー・デ・モントフォート(初代プリンセス・オブ・ウェールズ)

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エレナーは、父サイモン・デ・モンフォート、母エレナー伯爵夫人の娘として生まれました。母方の祖父は、イングランドのジョン王で、叔母はジョアン(Lady of Wales)です。

エレナーが13歳の時、父サイモン伯爵は戦死してしまいます。サイモンは、イングランド王エドワード1世と対立していたラウェリンと同盟を結んでおり、身の安全を保つため、母は父方のフランスのモンフォート家に連れていきました。

 

母が1275年に亡くなると、エレナーはラウェリンと離れ離れですが、両者合意のもと代理による結婚をします。そして、フランスからウェールズに海を渡って移動する途中、コーンウォールのシリ島付近でエドワード1世の追っ手に捕らえられ、ロンドン塔に幽閉されてしまうのです。

3年後、ラウェリンがエドワード1世とアバコンウィ協定を結んだ時に、ようやくエレナーは解放され、エドワード公認のもとプリンス・オブ・ウェールズのラウェリンと結婚式を挙げ、エレナーはプリンセス・オブ・ウェールズとなりました。

しかし4年後、娘グウェンリアンを出産する時に亡くなってしまいます。わずか30歳の若さでした。

夫ラウェリンもおよそ半年後に、エドワード1世との戦いに敗れ戦死し、事実上ウェールズはイングランドに征服されてしまったのです。

 

最期のネイティブのプリンセス・オブ・ウェールズ

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グウェンリアンは、ウェールズを統治した最後のプリンス、ラウェリン・ザ・ラストとエレナーの唯一の、子供でした。グウェンリアンは、ラウェリンがイングランド王エドワード1世との戦いに敗れ戦死し、ウェールズが征服されたは、わずか生後数か月でした。

グウェンリアンは捕らえられ、リンカンシャーのセンプリンハム・プライオリーという所に隔離され、エドワード1世に育てられました。

Sempringham Priory - Wikipedia

 

高い壁に囲まれた所で暮らすことを余儀なくされ、生涯自由は与えられませんでした。

それは、ウェールズの反乱軍がグウェンリアンを見つけたり、グウェンリアンが結婚して世継ぎをつくることを避けるだけではなく、グウェンリアンが外の世界に触れて自分がウェールズ王室の子孫であることを知ることを避けるためでもありました。

 

グウェンリアンは、決してウェールズ語を学ぶこともなく、自分の名前すら性格に発音できなかったようです。(Gwenllianの名前には、ウェールズ語特有の発音、ダブルエル(LL)が含まれています)

グウェンリアンの事は、ウェンシリアン(Wencilian)と記録に残され、自信はウェンティリアン(Wentliane)とサインしていたそうです。

 

グウェンリアンは、決して外に出ることなく、決して自分の故郷を知ることなく、決して自分の存在が誰なのか知ることなく、1337年に54歳の生涯を閉じたのでした。 

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参考)

Gwenllian of Wales - Wikipedia

Princess of Wales - Wikipedia

 

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最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

 

 

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