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ダイアナ妃のスペンサー家 祖先をたどる

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4代目スペンサー伯

 

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こんにちは、たなかあきらです。

今回は、プリンセス・ダイアナとして今もなお人気の高い、ダイアナ妃の祖先について、11世紀まで調べてみました。

公爵、伯爵、男爵って? イギリス爵位の一覧

 

ダイアナ妃の家系、スペンサー家について

ダイアナ妃はイングランドの名門スペンサー家の出身で、1961年に産まれました。父はエドワード・ジョン・スペンサー(第8代スペンサー伯爵)です。

ダイアナ (プリンセス・オブ・ウェールズ) - Wikipedia

 

もともと、スペンサー家は羊飼いで成功して財をなし、ナイトの称号を受けたり庶民院議員や州長官を務めるものが多く、16世紀には平民の名門家になっていました。

1603年にイングランド王はジェームス1世となり、王妃と皇太子がローバート・スペンサーの荘園に訪れたのがきっかけで、スペンサー男爵(Baron Spencer)に叙されました。これが、スペンサー家の貴族としての始まりであり、ロバートはスペンサー家の開祖となっています。

スペンサー家は、ダイアナ妃のスペンサー伯の家系、マールバラ公(この家系からはウィンストン・レナード・スペンサー・チャーチルチャーチル首相を輩出)、チャーチル男爵の系列と広がりを見せています

 

※スペンサー家の家系図

スペンサー家 - Wikipedia

 

初代スペンサー

ロバート・スペンサー (初代スペンサー・オブ・ウォームレイトン男爵) - Wikipedia

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スペンサー家の祖先をたどる

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スペンサー家はどこから来たのだろうか? と疑問を持ちました。

そこで、貴族としてのスペンサー家を始めたロバート・スペンサーから、ずーっと父系の祖先をたどってみました。

ロバート・スペンサーより7代先を見ると、スペンサーの前に、LeやDeが付くことが分かります。更にたどってみると、スペンサーがデスペンサーになっています。

これは、もしやスペンサー家はフランスからやってきたのではないか?と思いました。

 

それを調べるために更に、祖先をたどり11世紀まで遡りました。
11世紀と言えば、イングランドでは重大な事件が起きた時代です。

 1066年にフランスのノルマンディー公ギョーム2世がイングランドに攻め込み、当時のイングランド王ハロルド2世を破り、イングランドを征服したのです。(ノルマンコンクエスト)

ギョーム2世はウィリアム1世としてイングランド王となり、ノルマン朝をスタートさせたのです。 

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スペンサー家においても、関連がありそうな人物が浮上してきました。

先祖をはるかにたどっているとSir Geoffrey le Despenserという人物にたどり着きます。Geoffreyより祖先を見ると、Despenserの名前がなくなっていることに気がつきます。そうすると、GeoffreyがSpenserを名乗った最初の人となるのでしょうか?

その先はBergesという苗字になっています。そして、ノルマンコンクエストが起きた、1066年には、Hugh de Bergesという人物が生きていたことが分かりました。

  

・Sir Geoffrey le Despenser, of Elington(1124₋1155⁇)
・Sir Anschetil le de Berges, de Prestwold(1100₋1033)
・Hugh de Berges, lord of Burton-on-the-Wolds(1070-1132)
・Lord of Burton on the wolds Hugh de de Berges, I(1045-1086)

 

このHughはどんな人物なのでしょうか?

詳しいことはわかりませんでしたが、Hughはギョーム2世と同じく、ノルマンディーの出身で、イングランドサセックスに移り住んだようです。

ノルマンコンクエストの時に、ギョーム2世と共にイングランドにやってきたのでは、と考えられます。

今回は、ここまでですが、さらに調べてみたいと興味が尽きません。

 

 

たなかあきらが、16世紀から11世紀まで遡って調べて纏めてみました。
途中は年代がつながらないところもあり、正しいかは不明ですが、最後の人物は文献にもあり正しい様です。

・Robert Spencer, 1st Baron Spencer of Wormleighton(1570-1627)

・Sir John Spencer(1549-1600)
・Sir John Spencer(1510-1586)
・Sir William Spencer, of Wormleighton(1496₋1532)
・Sir John Spencer, Knt., of Snitterfield & Wormleighton(1455₋1522)
・William Spencer, of Rodburn(1440₋1485)
・Sir John Spencer, Earl of Sunderland(1418₋1479)
・Sir Henry G. de Spencer(1365₋1416)
・Thomas Le Spencer(1335-1435)
・Baron John Despencer(1310-1386)
・William de Spencer(1263₋1330)
・Sir John le Despenser, Knight(1235₋1274)
・Geoffrey le Despencer, Lord of Martley(1185-1251)
・Thomas le Despenser, of Elington(1169-1218)
・Sir Geoffrey le Despenser, of Elington(1124₋1155⁇)
・Sir Anschetil le de Berges, de Prestwold(1100₋1033)
・Hugh de Berges, lord of Burton-on-the-Wolds(1070-1132)
・Lord of Burton on the wolds Hugh de de Berges, I(1045-1086)

 

参考:

Lord of Burton on the wolds Hugh de de Berges, I

Hugh de Berges | Lady Despenser's Scribery

 

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

 

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