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イギリス・ウェールズの歴史ーカムログ

ウェールズ語ではウェールズの事をカムリ(仲間)と言います。歴史深いウェールズに触れて下されば嬉しいです

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近代オリンピックの知られざる発祥の歴史

イギリスの歴史

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古代のオリンピックはギリシャ時代にアテネで始まった、というのは皆さんよくご存じだと思います。では現在のオリンピックの発祥は、どこでしょうか?

ギリシャアテネ
・フランスのパリ
・イギリスのシュロップシャー

 

その答えをこれからお話いたします。

 

近代オリンピックを始まりの謎

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僕は長らくギリシャの人が自国の遺産を復活させようとしたのかな
と思っていましたが、そうではありませんでした。
 

通例の近代オリンピックの創始者

 

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一般的には、フランス人の貴族であるクーベルトンが1896年にアテネで復活させた
とされています。
 
 しかし、この情報も恐らく正確ではないと言われています。
 
クーベルトンは1890年にマッチウェンロック(Much Wenlock)と言う場所で目撃したイベントがありました。そのイベントで行われていたものこそが、近代オリンピックの発祥である可能性が高いのです。
 
ではそのイベントは何が行われていたのでしょうか?
  

簡単なオリンピックの歴史

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ちょっとここでオリンピックの歴史についてお話しいたします。
 
オリンピックには簡単にこのように分類されます
・近代オリンピック
 
古代オリンピックは紀元前9世紀ごろに始まったといわれています。古代オリンピックの目的は宗教行事であって、ゼウスや多くの神々をたたえるための体育や芸術の競技祭でした。
しかし、古代オリンピックローマ帝国のテオドシウス皇帝の時に国教がキリスト教と制定され、オリンピア信仰のオリンピックは開催ができなくなり、393年の時を最後に中止されてしまいました。(293回開催)
 
近代オリンピックは1896年に復活し、第一回の近代オリンピックは古代オリンピックと同じくギリシャアテネで開催されました。近代オリンピックは世界平和を目的としたスポーツの祭典になっています。
 
※詳しくは日本オリンピック委員会のページをご覧ください。でも近代オリンピックの発祥については書かれていません

近代オリンピックの発祥の地

 

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近代オリンピックのもととなる競技が開催されていたのは、イギリスのシュロップシャー(Shoropshire)のマッチヴェンリック(Much Wenlick)と呼ばれる街で、イングランドウェールズの国境付近に位置します。
 

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 ・こんな街です
 

近代オリンピックの始まりは酒を断たせるため?

 

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そのマッチ・ヴェンリックの街に一人の男がいました。医者であるウィリアム・ブルーケス(William penny Brookes)という人物です。
 
ブルーケスは大衆の人々の肉体的なトレーニングにとても興味を持っていました。つまり、だらだらと酒を飲む人々を酒場から追い出して、肉体トレーニングのプログラムをやらせることはクリスチャンの人々にとってもとても良い事だとブルックスは信じていました。
 
そこで、ブルーケスは古代にギリシャで行われていた古代オリンピックと、シュロップシャーに住むイングランド人とウェールズ人に親しまれていたその地のスポーツを
組み合わせるのがよいだろう、と考えました。
 
ブルーケスはMuch Wenlock Society for the Promulgation of Physical Cultureを1841年に設立したのです。そして古代オリンピックを復活させようという夢も膨らんできたのです。
 

マッチ・ウェンロックのオリンピックの競技内容は?

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1850年にブルーケスが考案したウェンロックオリンピックが初めて開催されました。そしてこのオリンピックは毎年開催されるようになります。
 
そこで行われた競技は
 
・競走
・サッカー
・輪投げ
 
で、それ以外の少しづつ追加させていきました。今でもオリンピックで行われていたり、とても馴染みの深い競技ですよね。これらの競技での勝利者には賞金が出ていました。
 
 
それ以外にも地方ならではの競技がありました。
 
・目隠しの手押し車レース
・豚の競走
・中世の馬上槍試合
 
です。この競技の勝利者には、1ポンドのお茶が贈呈されました。自治会で開かれる運動会のような感じがして楽しそうですね。中世の馬上槍試合も、運動会の騎馬戦を思い出してしまいました。
 
これらは、やり投げやトラック競技などが行われてギリシャ勝利の女神ニケが彫られたメダルや月桂冠が授与されるようになってからは、消えてしまいました。
  

ウェンロック・オリンピックの広がり

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ブルーケスはウェンロック・オリンピックを広めて、古代オリンピックを復活させようと行動しました。ウェンロックオリンピックの名声は瞬く間に広がり、イギリス全体から参加者が来るようになりました。
 
ウェンロック・オリンピックの成功の噂はアテネにも伝わり、ギリシャの国王ゲルギオス1世もブルーケスに銀メダルを贈った程でした。
 
この古代オリンピックを復活させようというヴィジョンはイギリスに留まらず国際的な規模へと発展していきました。
 
ブルーケスは1865年にNational(British)Olympic Associationを設立し、ロンドンの
クリスタルパレス(Crystal Palace)で最初の開催をしました。
 

古代オリンピック復活の障壁

しかし風当たりも良くないこともありました。

スポンサーなしで進め、名高いアマチュアスポーツクラブに所属するアスリート達からは、オリンピックゲームは無視されてしまいました。

たかがウェールズ国境にいる田舎医者の取るに足るないアイディアだと軽蔑されたのです。

ブルークスはそれでもオリンピックの復活と普及を目指して行動を続けました。その姿をみて、ロンドンにいるギリシャの代理大使がブルークスに手紙を送りました。

「あなたが古代オリンピックを復活させようとし続けていることは、ギリシャ人として借りを感じずにはいられません。」
 
こんな声に支えられて、ブルークスは活動を続けたと思います。
 

近代オリンピック開催への大きな出会い

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この後、ブルークスには大きな出会いがありました。最初に書いたフランスの貴族、ピエール・クーベルタン男爵がここで登場します。


ブルークスはウェンロック・オリンピックにとても興味をもったクーベルタンとやり取りをするようになります。

1890年にクーベルタン男爵はウェンロック・オリンピックを見に行きました。それを見てクーベルタンはブルークスの熱意とウェンロック・オリンピックに心を動かされ、古代オリンピックを復活させようという共通の夢を実現しようと決意しました。そして国際オリンピック委員会IOC、International Olympic Committee)を設立するに至ったのです。

クーベルタンはその時、ヴェンロックの地に植えたフランスのカシの木は、現在も生えているそうです。
 

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クーベルタンはオリンピック開催という願いを叶えようと、自分の富、地位、政治的な繋がりをフルに利用します。そしてついに、1896年の夏に、この上なく受け入れたギリシャの首都アテネで、古代オリンピックの復活させる事に成功したのです。

クーベルタン男爵は世界中から称賛され、ブルークスもまた真新しいアテネのオリンピックスタジアムのセレモニーに招待されました。

近代オリンピックの夏季大会はこれまでに32回開催され、第33回目が2020年に東京で開催されます。近代オリンピックの発祥となったウェンロック・オリンピックは今もなおイギリスで毎年開催が続けられています。

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