イギリス・ウェールズの歴史ーカムログ

ウェールズ語ではウェールズの事をカムリ(仲間)と言います。ウェールズの歴史、イギリスの歴史、アーサー王、イギリスの歴史に関連する内容を中心に記事を書いています。

ルール違反から生まれた ラグビーの発祥の歴史

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こんにちは、たなかあきらです。

ラグビーの発祥はご存知でしょうか?

・サッカーとの発祥の違いはご存知でしょうか?

・どちらが先にできたのでしょうか?
という点が、良く分かる内容です。

 

古代と中世に見られる、ラグビーの発祥

古代ローマに見られるharpastum

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ラグビーのルーツの1つとして考えられる(もしくは似ているスポーツ)は約2000年前にさかのぼります。

古代ローマ時代の人々が行なった、「harpastum」と呼ばれるボール競技です。ギリシャ語の「つかむ」の意味で、プレーヤーがボールを手で持ち運ぶことを意味しています。 

かなり、暴力的な激しすぎるスポーツです

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中世イングランドに見られる暴力的なモブ・フットボール

 

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一般的には、ラグビーの起源は中世のイングランドにある、と言われおり8世紀頃が始まりのようです。

中世のイングランドにおいて、若者たちは仕事を早く切り上げ、村や町の間でフットボールを競い合った記録があります。

この激しく、暴力的なフットボールは、モブ・フットボールと呼ばれています。

 

古代のフットボールも含め、このモブ・フットボールは、ラグビーの発祥だけでなくサッカーの発祥と言われています。

参考:世にも危険なイギリスサッカー発祥の歴史 

 

このモブ・フットボールはとても暴力的で危険であったので、「悪魔の遊戯」と呼ばれていました。16世紀のエリザベス1世の時代には、多くの怪我人や犠牲者を出し、モブ・フットボールは禁止されてしまいました。(14世紀に禁止されたこともありました)

 

この悪魔の遊戯に参加する者たちは、こう記録されていました。

「プレーヤーは18-30歳か年長の若者たちで、既婚者も独身者もベテランもフットボールを楽しむ者は時として、とてもヒートアップしたケンカになっていた」

 

中世のイングランドフットボールは、祭りの日の行事として隣り合う街同士でや敵対し合うが街同士で行われました。

 

ルールは殆どなく殺人をしなければ良いという程度で、噛みつきOK、殴り合いOKの大群衆が、街中を戦いながら通り抜ける事もしばしばでした。時にはボールを蹴らず、お互い同士を蹴り合うこともあったそうです。

まるで、戦いのようです。(ベッカム出演)

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この中世のフットボールは、現在でもその様子がうかがえるものがあります。シュローヴタイド・フットボールShrovetide Football)と呼ばれ、イングランドダービーシャー州アッシュボーンで行われている祭りです。中世のような凶暴な事はやりませんが、すごい迫力です。

 

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以上が、古代や中世に見られる、ラグビーとサッカーの発祥と言われているスポーツです。詳しくはこちらの記事をお楽しみください。 

www.rekishiwales.com

 

 

現代のラグビーの始まり

 

危険な旧ラグビー 

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現代のスタイルのラグビーの始まりは、イングランドのミッドランドにある若い紳士たちの学校にルーツがありました。

 

そのスクールは初め1749年に町の中心にでき、そしてイングランド・ウォリックシャーのラグビーと呼ばれる町の外れに移転しました。

 

新しいラグビー校には、若者たちがトレーニングに必要な宿泊施設があり、8エーカーの校庭もありました。この校庭で、1749年~1823年の間、フットボールの試合が行われていました。

 

その時のフットボールのルールはなく、現在とも違っていました。タッチラインは引かれており、ボールはキャッチしたり手で扱うことは出来ましたが、手でボールを持ったまま走ることは許されていませんでした。

相手サイドのゴールには、通常キックで向かっていたのです。

 

ラグビー校の試合は5日に及び、200人以上が参加して行われました。新しい学生が入ってくると、40人の先輩の学生が100人の新しい学生と相対する試合を、楽しみのために行いました。

先輩学生は、ブーツを町の靴職人に送り、とても厚い靴底を貼り、さらに前面に傾斜をつけ、試合のために準備しました。敵のむこうずねを思い切り蹴れるようにです。(ハッキングと呼ばれる行為です)

まだ、モブ・フットボールの暴力さが残っていました。

 

ルール違反に始まるラグビーの発祥

 

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ウィリアム・エリス・ウェッブ氏

 

このフットボールの試合が、現在の形と理解できるように変化したのは、1823年の秋に行われた試合でした。

 

地元の歴史家はこの歴史的な出来事についてこう、述べています。

「彼のプレーは、その時代の試合のルールを無視した素晴らしいものでした」

ウィリアム・ウェッブ・エリス(William Webb Ellis)は、初めてボールを手に取り抱えて走ったのです。

 

当時のルールでは、ボールをキャッチしたあとが、後ろに後退して、ボールをフィールド上に蹴り上げるか、ゴールめがけて蹴るために地面に置くかするのが通常でした。

そして、ボールをキャッチした地点に進んで来ようとする相手チームから、仲間に守られるはずでした。

 

しかし、エリスはルールを無視しました。

彼はボールをキャッチしてから後退する代わりに、ボールを手に持ち相手ゴールに向かって前に走ったのです。

こうして、ラグビーの独特なプレーのスタイルが始まったのです。

 

新しいプレースタイルのルールブックは1841年に出され、ラグビー校の生徒たちが、まずオックスフォード大やケンブリッジ大などに順調に広げました。すると、そのルールと評判は瞬くまに広がっていったのです。

しかし、事件が起こりました。ラグビーとサッカーが分裂したのです。

 

フットボールの分裂(ラグビーとサッカー)

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 ※1930年ごろのフットボール

 

1863年にイングランドフットボール試合のルールを決めようと議論されました。

しかし、ルールのスタンダード化の合意には至らず、2つの陣営に分かれました。

 

一つが手を使わないケンブリッジ大学のルールを支持する人々で、もう一方が好きにボールを持てるラグビースクールのルールを支持する人々でした。

両者は分裂してそれぞれの教会をつくり、ラグビーフットボールアソシエーションフットボール(サッカー)に分離したのです。

 

世界最古のサッカー協会であるフットボール・アソシエーションFA、日本ではイングランドサッカー協会と呼んでいます)と、後の1871年にラグビーフットボール・ユニオンが結成されました。

 

ラグビーの国際化

ラグビー校を卒業した先生たちは、イングランドウェールズスコットランドの大学へ新しいラグビーを紹介したり、海外の将校などに配属された卒業生たちが、ラグビーが国際的なスポーツに成長するように尽力しました。

そして、1871年イングランドスコットランドの間で初めて試合が行われ、1872年に初めて大学間での大会試合が行われました。

 

1880年代にアイルランドウェールズが加わり「ホーム・インターナショナル・チャンピオンシップス」が造られ、1900年代にフランスも参加し、1910年に初めて「ファイブ・ネイションズ」となりました。

2000年には、イタリアが参加し「シックスネイションズ」となりました。

そのた、1996年に始まった南半球でのラグビー・チャンピオンシップ、欧州、アジアなど、各地で国際大会が開かれています。

 

さらに、1987年にはラグビー・ワールドカップも始まりました。

オリンピック、サッカーワールドカップに次ぎ、世界三大スポーツイベントと呼ばれており、優勝記念カップは、エリスの名にちなんで、「ウェッブ・エリス・カップ(Webb Ellis Cup)」と名づけられています 。

 

 

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※1895年にラグビーフットボール・ユニオンは分裂し、ラグビーユニオンとラグビーリーグに分裂してしまいます。ラグビーユニオンは15人制、ラグビーリーグは13人制で、ワールドカップを含め一般的にラグビーというと、ラグビー・ユニオンを指す場合が多い。

ラグビーユニオン - Wikipedia

ラグビーリーグ - Wikipedia

 

参考記事:

The history of Rugby Football

 

www.rekishiwales.com

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