イギリス・ウェールズの歴史ーカムログ

ウェールズ語ではウェールズの事をカムリ(仲間)と言います。ウェールズの歴史、イギリスの歴史、アーサー王、イギリスの歴史に関連する内容を中心に記事を書いています。

マイナー過ぎる西ローマ皇帝「マグヌス・マキシムス」の夢を与えた出世街道

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こんにちは、たなかあきらです。今回は、マイナーだけれども中世初めのイギリスの歴史に大きな影響を及ぼした人物のお話です。

 

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英雄とは知力、気力、武力などに秀でて、普通の人にはできない偉大な事業を成し遂げた人のことです。

 

イギリスの英雄歴史を変えた男「マグヌス・マキシムス」

 

彼のことをこう呼んでも過言ではないでしょう。

 

「彼ほど人々に夢を与えた英雄はいないだろう」

 これは時代が大きく変わる潮目おいて人々の心をがっちりと捕らえ、イギリスとローマの歴史地図にしっかりと刻み込んだ男の物語です。 

 

語られる伝説を作る!

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英雄とは時代を読む能力、人々の要望に応えるスキルを兼ね備え、自らの力を発揮することができた成功者です。

マグヌス・マキシムスは人々に語り継がれ、人々の憧れの的になる伝説を作りました。

 

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4世紀中頃のイギリスはブリタニアと呼ばれ、ローマ帝国からの支配力や軍事的なサポートが弱まり、外敵のピクト族やスコット族から守り平和をもたらしてくれる、リーダー的な存在が望まれる時代背景でした。

それに応えるかのように現れた人物が、ローマ軍人マグヌス・マキシムスでした。

 

 

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マグヌスは340年頃にスペインで生れ、ローマ軍に入隊します。初めは名も無い下級軍人同然でした。

しかし、マグヌスは上級司令官のカウント・テオドシス(テオドシウス帝の父)に抜擢され、軍人として才能を発揮していきました。

 

368年頃にはローマ軍の副将として、テオドシウスと共にスコットランド地方の反乱を鎮圧し、380年にはブリタニア長官となります。

 

さらには383年には西ローマ皇帝グラティヌスを倒し、ついにマグヌスは西ローマ皇帝を宣言したのです。

 

アルバイトで働いていた男が社長、いや首相・大統領になるくらいの大出世です。

 

 

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マグヌスは軍事的・政治的な才能を持っていたことは言うまでもありません。

それだけでなく、英雄が望まれた時代にタイミングよく現れ、その波に乗ってほぼ無の状況からトップにまで上り詰めたそのサクセスストーリーに、人々は大きく魅了されるのです。

 

マグヌスはブリタニアでは英雄的な存在となり、誉れ高き英雄であるアーサー王のモデルになったとも言われています。

www.rekishiwales.com

 

決して諦めない情熱

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英雄とは、たとえどんな困難が来ようとも自分を信じ、決してあきらめない実行力と継続力を持っています。

マグナムはロマンを求め、夢のまた夢にも情熱をもって追いかけました。

 

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365年頃、マグヌスは狩りの後、疲れてりんごの木の下で居眠りをした時に美しい娘の夢を見ました。

マグヌスはその娘に恋をし、必ず実在すると信じ探し回りました。ローマ中を探しました、アルプスを越えて探しましたが、見つかりませんでした。

 

普通なら所詮は夢で見た非現実的な事、として追うことすらしないでしょう。

しかしマグヌスは諦めることなくヨーロッパ中を探し回りました。

娘を見つける事はできませんでしたが、マグヌスの情熱は失われませんでした。

 

368年に起きたスコットランドの乱を平定した後、マグヌスは娘を探しにイギリスを巡ります。

ある時、ウェールズ地方にいるブリタニアの長官、エウダヴに招かれて居城を訪れました。そこでマグヌスは驚くべき人物に出会います。


チェスをするエウダフ王の傍らにいる美しい女性、その顔はまさにマグヌスが夢で見た娘と瓜二つでした。マグヌスはすぐに娘に求婚し、めでたく二人は結婚しました。

 

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まさにマグヌスの決して諦めない情熱が生んだ愛です。

マグヌスは愛だけでなく様々な目標に対しても、決して諦めることのない人一倍の情熱をもって取り組んだため、大きな成果を得ることができたに違いありません。

 

この物語は「マクセンの夢」と呼ばれ、イギリス・ウェールズの伝説として現在まで語り継がれています。


※マクセンはウェールズ語でマグヌスのことで、マギノビオンの中でも描かれています。

 

信頼と人望を得る

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英雄とは人間的にも魅力ある人物で、信頼と人望を得ます。

一人で事を成すのではなく、多くの賛同者と共に成功を分かち合える力を持っています。

 

マグヌスは味方だけでなく敵からも信頼され、一緒に戦う多くの仲間となって目標に向かって共に進んでいきました。

 

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ブリタニア長官のエウダヴからの厚い信頼を受け、マグヌスはエウダヴの後継者に指名されました。


しかし、後継を狙っていたエウダヴの甥コナン・メリアドクがマグヌスを滅ぼそうと戦いをしかけました。

ローマ軍の副将をつとめた程のマグヌスにとって、コナンは敵ではありませんでした。マグヌスの武勇と人望に触れたコナンは態度を一転、マグヌスに忠誠を誓い終身戦いを共にしました。

 

また当時の西ローマ皇帝グラティヌスに対し、ローマ軍人たちは扱いが悪いとして不満を持っていました。
そこでブリタニア長官となったマグヌスの元に、ローマ兵士たちも集まってきます。

 

マグヌスはローマ兵たちに、共に戦ってグラティヌスを倒し西ローマ皇帝になって欲しいと懇願されます。

 

マグヌスは決意をし、イギリス兵とローマ兵を引き連れグラティアヌスに攻め入ります。

西ローマ帝国軍もマグヌスの味方につき、あっさりとマグヌスはグラティアヌスを倒すことに成功し、西ローマ皇帝になります。

 

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マグヌスの成功はマグヌス自身のものだけでなく、多くの人たちにとっても成功でもあります。

マグヌスに従った人々と共に喜びを分かち合えたことが、マグヌスが英雄となった最大の要因であったのではないでしょうか。

 


その後のマグヌス

 

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その後マグヌスは西ローマ帝国の法律や政治を見直し、正に賢帝の働きをします。

しかし、マグヌスが倒したグラティアヌスの弟ヴァレンティアヌス2世と争いになります。

ヴァレンティアヌスは東ローマ皇帝テオドシウス1世に助けを求め、マグヌスはテオドシウスとも対立して「反逆者、簒奪者」とレッテルを貼られます。

そして、テオドシウスに攻め込まれマグヌスは敗れてしまい、命を落とします。

 

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反逆者のレッテルのためか、ローマ帝国が西と東に分かれた激動の時代のためか、残念ながらマグヌスは歴史上の人物としては殆ど注目されていません。

私は、多くの人がマグヌスの 【伝説、情熱、人望】に親しみ共感し、英雄としてスポットが当たること願っています。 

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