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イギリス・ウェールズの歴史ーカムログ

ウェールズ語ではウェールズの事をカムリ(仲間)と言います。歴史深いウェールズに触れて下されば嬉しいです

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ドン底からはい上がった!遠山金さんと大岡越前の物語

歴史イベント

先週、「第12回歴史を語る会」を開催しました。歴史を語る会は、名古屋地区で僕が毎月主催している歴史イベントです。今月の内容は、僕は髭の歴史について話をしましたがそれはさておき遠山の金さん&大岡越前のどん底人生から大出世する話で盛り上がりました。

 

二人は時代劇のテレビ番組でとてもお馴染みで、悪者をやっつけて良い人を救い見ていてとても気持ちが良いです。大出世を遂げていますが、単なるエリートコースまっしぐらではなく役人になる前には人生の底を味わっており、その時代に経験したことが奉行になってから大いに活きています。人生いろいろ見聞・体験をしているといつか役に立つことがあるのだと思いました。 

 

遠山の金さんと大岡越前はどんな苦労を乗り越えて奉行になったのでしょうか?またどんな実績を残したのでしょうか?講師のNさんの話に僕の考えもいれて歴史会の内容をお話しいたします。

 

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江戸町奉行は超過労な労働

遠山の金さんも大岡越前も二人とも江戸町奉行を長年勤めました。江戸町奉行とは今で言う、都知事&国務大臣&東京地方裁判所判事&警視総監&消防総督を兼務した役職であり相当な責任を負っていました。約1万人いる役人の中で2人しかポストのないトップの役職で、通常は町奉行になるにはまじめに働いて45年ほどかかり60歳代の人が殆どでした。しかし、この二人は1517年と異例のスピード出世をし40歳代で江戸町奉行になった超エリートです。

江戸町奉行は相当量の仕事をこなす必要があり、通常業務でも省庁から夜10時~深夜まで働いており、事件などおきた時には徹夜もざらだったようです。この過酷な労働条件の中で60歳代でこのポストに就いては身体が持たず、約20%程度の町奉行過労死しており多くは就任して数年以内に亡くなっています。そんな中、優秀で体力のある40代の二人は長く実力を発揮できたようです。

 

◎家を飛び出し放蕩していた遠山の金さん

遠山影元こと遠山の金さんは複雑な家族関係に嫌気が差し家出をします。10代半ばから30代までは武家を捨てて町人として、役人とは程遠い暮らしをします。町人となった金さんは色々な経験をして、それらが奉行になった時に大いに役に立つのです。

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・町人となった金さんは、武士は決して入れない刺青をします。諸説あるようですが、刺青の絵は女性の生首であったと言われており、それを消すために後に花吹雪を上から描いたという説もあります。この刺青が金さんのトレードマークとなり、罪人に対して凄みを出す効果にもなっていますね。

・金さんは吉原に住んで遊女、賭博なども経験します。奉行となった時に、すべて町人の暮らしの仕組みは分かっているので、「ごまかしは効かないぞ!」と悪だくみもできなかったとか。

・当時は天保の改革の時代で老中水野忠邦は贅沢を禁止し、当時の人々の大きな娯楽「寄席」を禁止しようとします。しかし遠山の金さんは「寄席は贅沢ではなく、働いた町人達の疲れをいやす所だ!」と反論し、江戸にあった寄席の数は大幅に減らされ営業内容も制限されますが進言は認められます。天保の改革が終わった途端、15軒に抑えられていた寄席の数は一気に700軒に増えたという話もあります。

 

遠山の金さんは30代半という年齢で非常に遅く幕府に就職しましたが、犯罪人には厳しく職務は忠実にこなし毎年のように昇進します。武家世界、町人世界を十分に知り尽くしそれが金さんの強みにもなり、理解ある頼りがいのある人物であったのではないかなあと思いました。

 

◎身内の罪で謹慎していた大岡越前

大岡忠助こと大岡越前は実兄や従弟の不祥事が続き、若い頃は長い間謹慎処分を受けて過ごします。その当時は連座制度と呼ばれる罰則制度があり、罪を犯した本人だけでなく身内までも処分されていました。このため越前は24歳でようやく幕府に就職します。その時の苦い経験を活かして41歳の異例の若さで町奉行にスピード出世した越前は、改革を行いました。

 

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・越前は有能な人物や善人が、筋の通らない制度により道を閉ざされたり罰せられたりするのが、許せなかったようです。連座制によって有望な人材が道を閉ざされている状況は幕府にとってもよくないと、越前自身が苦しめられた連座制を廃止しました。

一度刑がきまった件は覆らない世の中でしたが、再審制度を設けて罪のない善良な人々を助け悪人を罰しました。

 

・将軍吉宗の命を受けてコメの値段の格差をなくし、物価の高騰を防ごうと組合を作ったりしました。

・無料の診療所を作ったり、防火対策(建築方法を変えた)をとったりしました。

 

越前の行った内容は、現在の政治・経済などにも通じるところがあり参考になるなあと思います。それにしても全ての分野に精通し仕事も多岐に及ぶので、現在の役人よりも相当な能力と労力が必要な大変な業務であるなあと思いました。

 

◎境遇に悲観せずそれを活かし前進

お話ししましたように、責任と激務の中で遠山金さんは12年、大岡越前19年もの長い間、江戸町奉行を務めました。誠実に忠実に職務をするとともに、高い能力を持ち、この人に任せておけば江戸も安泰だ!と町の人々からも武家からも、将軍からも厚い信頼を得ていたことと思います。

 

二人の役人としてはどん底からのスタートで大きく出世は出遅れていました。それが返ってハングリー精神を生み、またどん底時代の経験を活かして、逆転人生になったのではと思います。

 

 

★おまけ:底から這い上がったウェールズの王

 

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人生の底からのし上がり成功したイギリス・ウェールズの王はいないだろうか?と考えてみました。

 

・グリフィス (正式にはグリフィス・アプ・リウェリン)

 父リウェリンが亡くなった後、治めていたグウィネズ国(現在の北部ウェールズ)は領土を狙っていたイアゴに取られてしまい、隣のポウィス国で過ごしました。しかし取られた国を取り戻そうという意気込みは全くなく、無能で怠惰な青年期を送っていました。このナマクラ者に愛想をつかした姉は、グリフィス青年を家から追い出しました。

 

途方に暮れたグリフィスは腹が減って、とある村人の家の中を覗き込みました。

鍋には肉団子が入っておりぐつぐつと煮られていましたが、料理している人が文句を言っていました。

「やっかいな肉団子だ!こいつだけ何度鍋に入れても飛び出してきやがる」

グリフィスは、はっと我に返りました。「俺は底に沈んだ肉団子になってはダメだ。あの肉団子の様に、力強く抵抗して飛び出し国を取り戻さないと・・・煮え切らない生活を送っていてはだめだ」と言ったかわかりませんが、グリフィスは力を蓄えポウィス国にて軍を興しました。 

 

そして1139年にポゥイス国とグウィネズ国を取り戻し、1055年からはデハイバース国やモーガンウィグ国なども含めたウェールズ全土を治めました。ウェールズ史上でも数少ない全ウェールズを統一した王となり、内乱を抑えイングランドの侵入からも守り、ウェールズに片時の平和をもたらしました。

 

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・その他にもウェールズの創始者と言われているクネザ王

・国を奪われ続けるもカムバックしウェールズを再建したオワィン・グウィネズ

伝説の英雄アーサー王

・・・・ドン底から這い上がって成功をおさめた王たちがたくさんいます。私も歴史から学ぼう!ということで機会あるときにこの人々も紹介していきたいと思います。

 

 

 

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