イギリス・ウェールズの歴史ーカムログ

ウェールズ語ではウェールズの事をカムリ(仲間)と言います。ウェールズの歴史、イギリスの歴史、ウェールズとの関わりが深いアーサー王などを中心に記事を書いています。

MENU

ロンドン塔の歴史 処刑された人々と幽霊の怖~いお話し

スポンサードリンク

f:id:t-akr125:20180331161404j:plain

 

f:id:t-akr125:20161204125616p:plain
こんにちは、たなかあきらです。今回は、ロンドン塔のお話です。

ロンドンのランドマークであるロンドン塔は、現在でも「女王の宮殿であり要塞」と呼ばれており、儀式的な武器庫や礼拝所として使用されています。

歴史的に見ても、軍事要塞であり、王室宮殿であり、牢獄であり、処刑場であり、 兵器工場であり、王立造幣局であり、動物園であり、王立公文書館でもあり、多くの役割を果たしてきました。

最初にロンドン塔が建てられたのは、11世紀にさかのぼります。

 

ロンドン塔の建築

f:id:t-akr125:20180331162328j:plain

f:id:t-akr125:20161211142909p:plain

1066年、フランスのノルマンディー公ギョーム2世がイングランドを征服し、イングランドウィリアム1世として戴冠した(ノルマン征服)。

1170年代に、ウィリアム1世イングランド内の反乱を抑え王室の権力を示すために、それまでのイングランドにはなかった壮大な石造りの要塞を建てた。

ロンドン塔の建築に約20年を要し、建築には多くのイングランド人が駆り出された。石工たちはノルマンディーからやって来て、石もフランスから運ばれた。

イギリスの歴史を変えたノルマンコンクエスト(ノルマン征服)の再現

 

歴史的に見ると、ロンドン塔は防衛と、国のコントロールの目的で使われ改良されてきた。

12~13世紀には要塞は城壁を越えて拡張され、White Tower(ホワイト・タワー)は要塞の同心円状に広がる、城壁の内外の建物の中心となった。
13の塔はホワイト・タワーを取り囲み、その中にはブラディータワー、ビューチャンプタワー、ウェイクフィールドタワーが含まれている。

Visiting the Tower of London: 10 Top Attractions, Tips & Tours | PlanetWareより

 

ロンドン塔の役割

f:id:t-akr125:20161211142909p:plain
王族が住む宮殿としては1625年まで用いられるだけでなく、ロンドン塔を有事の際に所有物や自分たちを守る為の場所として使用した。武器や鎧が製造され、1800年代まで試験や武器庫としても用いられていた。

またロンドン塔は、イングランド王国の貨幣供給をコントロールする場としても用いられた。エドワード1世の時代(1272-1307年)から1810年まで、すべてのコインは王立造幣局(Tower Mint)で製造された。王や女王たちは、現在も高価なもの宝石などの宝物を厳重に保管し、イングランド王の王冠はロンドン塔の衛兵隊が守っている。

中世の王や女王たちは、ロンドン塔の贅沢な宮殿に住み、チャペルで礼拝をし、外来の珍しい動物たちを動物園で飼い、壮大なパーティーを開き海外の君主を招いたりしたときに、披露した。(19世紀まで続いた)

このように王室の豪勢な生活や威厳を示すためにロンドン塔は使用されていたが、多くの悲劇も起こった。

 

ロンドン塔で処刑された人々

f:id:t-akr125:20180331162016j:plain

処刑が行われたTower Green

 

f:id:t-akr125:20161211142909p:plain
ロンドン塔は、18世紀から観光スポットとなり、19世紀には訪れる旅行客が急増した。旅行客たちは、イングランドの激しく揺れ動く歴史だけでなく、ぞっとするような事件に興味を持ったのである。お化けがでるらしいのである。

ロンドン塔は監獄でもあったことから、王族や貴族の処刑が行われたことが、原因かもしれない。処刑された主な人々を下記にまとめた。

処刑された王族

・1471年 ヘンリー6世 
100年戦争でフランスに敗れて気がふれ、ヨーク公リチャードとの間で薔薇戦争が始まった。ヨーク公の息子、ヘンリー6世は、エドワード4世に捕らえられてロンドン塔で暗殺された。(ランカスター朝の終焉)

・1483年 エドワード5世と弟ヨーク公リチャード

父のエドワード4世が亡くなり、息子エドワード5世が跡を継いだが、叔父グロスター公リチャードが王位を簒奪し、リチャード3世となった。

エドワード5世と弟のリチャードは、ロンドン塔に連れ込まれたまま行方不明となり、リチャード3世が殺害したとの噂がある。

・1536年 アン・ブーリン
ヘンリー8世の2番目の王妃で、エリザベス1世の母。旧友と不義を犯したと姦通罪に問われて処刑された。

・1542年 キャサリン・ハワード
ヘンリー8世の5番目の王妃。アン・ブーリンと同様に姦通罪に問われ、不貞の手引きをしたとされる女官 と共にタワー・グリーンで処刑された。

・1554年 ジェーン・グレイ
祖母はヘンリー8世の妹。エドワード6世の死後、イングランド史上初の女王となるが、在位わずか9日間でメアリー1世によって廃位され、大逆罪に問われて処刑された。

 

処刑された貴族

・1535年 ジョン・フィッシャー、トマス・モア

ヘンリー8世は、世継ぎが産まれない王妃キャサリン・オブ・アラゴンと離婚するため、ローマ・カトリック教会との縁を切って国教会を設立した。ジョンとトマスはこの宗教改革に反発し、反逆罪として処刑された。

・1540年 トマス・クロムウェル

ヘンリー8世を支えた側近で宗教改革を行い、ヘンリー8世アン・ブーリンの結婚を取りまとめた。しかし、アンが処刑されえた後、クロムウェルは4番目の王妃としてアン・オブ・グレーヴィスを推挙するが、ヘンリー8世は肖像画と実物の差に激怒し、わずか半年ほどで離縁。クロムウェルは失脚し、反逆罪を問われ処刑された。 

・1601年 エセックス伯ロバート・デヴルー

エリザベス1世の寵臣でアイルランド総督。アイルランドの反乱を鎮められず失脚。クーデターを起こすも失敗し処刑された。

その他

餓死した貴族
・アラベラ・ステュアート
エリザベス1世の従妹で、王室の許可がないまま結婚したとして逮捕されロンドン塔に投獄された。そして、食べることを拒否し病気となり、1615年になくなった。

事故死した貴族
・1244年 ウェールズ王族 グリフィズ・アプ・ラウェリン

 ヘンリー3世の人質としてロンドン塔に軟禁されていた。ウェールズを統治する弟、ダヴィッズとの争いが起き、ロンドン塔から脱獄する途中で転落死した。

ウェールズの王さまがロンドン塔から落っこちてしまった理由 

 

 ロンドン塔に出るおばけ達 

f:id:t-akr125:20180331161736j:plain

f:id:t-akr125:20161211142909p:plain
ロンドン塔のグリーン・タワーで処刑された人々です。

 

アン・ブーリン

 処刑されたタワー・グリーンの場所に忍び寄ってくると言われている。

・アラベラ・ステュアート
エリザベス1世の従妹で、王室の許可がないまま結婚した罪を問われ、ロンドン塔で亡くなった。クウィーンズ・ハウスに幽霊が出ると言われている。

・2人の小さな幽霊
リチャード3世によって殺害されたと言われている、2人の幼いプリンス(エドワード5世とヨーク公リチャード)の幽霊ではないかと言われている。

・ロンドン塔の衛兵隊(ヨーマン・ウォーダーズ、Yeoman Warders)
時折、訪問者の前にあらわれ、巨大な熊の恐ろしい話をして、人々を死ぬほど驚かせるそうだ。

ロンドン塔のワタリガラス伝説

f:id:t-akr125:20180331162130j:plain

 

f:id:t-akr125:20161211142909p:plain
ロンドン塔について、最も有名な伝説の一つが、真っ黒な「ワタリガラス」である。もし、ロンドン塔に住みついているワタリガラスが去ってしまったら、ロンドン塔とイングランド王国は崩壊するという伝説がある。

また、グレートブリテンにおける英雄アーサー王(5~6世紀)の伝説もあり、アーサー王が魔法でワタリガラスに変えられてしまったことがあり、ワタリガラスを殺すことはアーサー王への反逆行為を意味し不吉なことが起こる、と古くからの言い伝えがある。

今日もなおワタリガラスはロンドン塔に住んでおり、「レーヴンマスター(Ravenmaster)」と呼ばれるロンドン塔の衛兵隊(ヨーマン・ウォーダーズ、 Yeoman Warders)が世話をしている。

 

 参考)
The story of the Tower of London | Tower of London | Historic Royal Palaces

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

 

※ロンドン塔の創始者 

www.rekishiwales.com

 

※気がふれたヘンリー6世(ロンドン塔で殺された)から始まったばら戦争

www.rekishiwales.com

 

※ロンドン塔で王子たちを殺したとの噂があるリチャード3世 

www.rekishiwales.com

 

※アンブーリンの娘、エリザベス1世

www.rekishiwales.com

 

 

取材、記事のご依頼、お問い合わせはこちらまで t.akr125@gmail.com