ローマ皇帝をうならせたブリタニア王のスピーチ

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時代は紀元43年、ローマ帝国が海を越えてブリタニアに攻め込んできました。そこで立ち上がったのは、当時ブリタニアで最も勢力を持っていたカラタクス。

カラタクスは10年近くもの間、ブリタニアを守ろうとローマ帝国に立ち向かって行った人物で、ローマ皇帝をスピーチで感動させピンチを免れた伝説もあります。 

・歴史上に残り今も語り継がれているカラタクスはどんな人物だったのでしょうか?
・ローマ皇帝をうならせたスピーチとはどんな内容だったのでしょうか?

 

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ブリタニアはローマ帝国に攻められていた時代背景

 

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紀元前1世紀~紀元1世紀に、ローマ帝国はブリタニアを侵攻していたんだ。

 

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ローマ帝国は強力でしたものね。

 

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ローマ帝国の権力と威厳を世界中に広げることが目的だったようだ。最初は、ガイウス・ユリウス・カエサルが紀元前55年と54年にブリタニア侵攻を図ったがこれといった成果は得られず、また戻る途中にいずれも嵐に会い大きな被害をこうむったんだ。

その次にローマ帝国が攻めてきたのは、紀元43年のクラディウス皇帝の時で、アウルス・プラウテイゥスを総司令官として4万の軍勢を送り込んだんだ。

 

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※紀元43年ごろのブリタニア

 

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当時のブリタニアは、ブリトン人の一部族であるカトゥラェッラウニ族(Catuvellauni)の王カラタクス(Caratacus)が最大連力を持っており、ローマ帝国軍と戦ったんだ。
カラタクスはシェークスピア作の「シンベリン」に出てくるシンベリン王(クノベリヌス)の息子でもあるんだよ。

 

勇敢にローマ帝国に立ち向かったブリタニアの王

 

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カラタクスは約10年にわたりゲリラ戦法を生かしてローマ軍に抵抗をつづけたんだけど、次第に苦境に立たされていったんだ。

同じブリタニアの小国で、現在のウェールズに位置するシルレス族(Silures)やオードヴィセス族(ordovices)とともに対抗したんだけど、ケア・カラドクの戦い(Battle of Caer Caradoc)で敗れ、カラタクスは命からがら脱出したんだ。 

 

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脱出したカラタクスはイングランド北部に位置するブリトン人の一部族の国ブリガンテス(Brigantes)に逃れましたが、その国の女王カティマンデゥア(Catimandua)に捕らえられローマに送られてしまったんだ。

 

ローマに送還されたブリタニア王

 

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カラタクスは軍事戦犯として投獄され死刑宣告を受けたんだ。そして、死刑執行の前にスピーチを行うことを許されます。

 
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ソクラテスは弁明のスピーチをしたけど許されず、死刑は行われてしまいましたよね。カラクタスはどうだったのですか?

 

 

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カラクタスのスピーチは何とクラウディウス皇帝の心をとらえたんだ。カラクタスは赦され、ローマに住む事さえ許可されたんだ。

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それは凄いですね。どんなスピーチの内容だったのですか? 

 

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私の高貴さと幸運さが、穏やかさによって成功に繋がるのであるなら、私はローマに捕虜としてでなく、友人としてきた事になるだろう。
そしてあなたは賢明な祖先たちか受け継ぎ、多くの国々に広めている平和協定を結ぶことを軽蔑しないだろう。

 

しかし、今の私はこの様に傷つけられ醜いが、私の現在の全てのものは、とても素晴らしい物であろう。私は多くの馬、家来、武器、財を持っていた。

もし、私がそれらの物を手放したがらなかったらどうだろか。
もし、あなたが全ての人々に命じたら、あなたの奴隷になることを本当に受け入れるだろうか。

 

私が降伏者として直ぐに引き渡される(殺される)のなら、 私の運も、あなた栄光も、賢明には達成されないだろう。私の場合いかなる報復も、忘却によって忘れ去られることは確かである。

一方、あなたがわたしの安全と安心を保つのでしたら、私はローマ帝国の寛大さを示す永遠の例となりましょう。 

 

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※ローマ皇帝クラディウス像 


最後に

 

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カラタクスのスピーチは命乞いをしているようにも見えますか、ブリトン人の高いプライド及び、自分たちを認めてくれるなら、相手を尊重し、共存していこうとする心が感じられます。

また、ローマ側にも、単なる侵略・征服ではなく、ローマの威厳や尊厳を認めてくれるなら、相手を葬ることはせず協力者として付き合っていこうと言う姿勢も感じます。
このような関係があったので、ローマ帝国のブリタニア支配は約350年も続いたのではないかと思います。

 

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