はじめに:【ケント王国の誕生】ヘンギストとホルサ兄弟が仕掛けた「長いナイフの陰謀」とは?
ブリテン島に最初のアングロ=サクソン王国を築いたと伝えられるのが、ヘンギスト(Hengist)とホルサ(Horsa)兄弟です。
彼らはブリトン人の王ヴォーティガンに雇われた傭兵として島に渡り、その後「長いナイフの陰謀」で歴史を大きく動かしました。
この記事では、兄弟の背景からケント王国建国までをわかりやすく解説します。
ヘンギストとホルサ兄弟の背景
5世紀、ブリテン島はローマ帝国の撤退後に混乱期を迎えていました。
このとき、北欧やドイツ北部からやってきたのがアングル人・サクソン人・ジュート人の一団。その中で、特に有名なのがジュート人出身のヘンギストとホルサ兄弟です。
伝承によると、彼らの祖先は北欧神話の神ヴォーデン(オーディン)にさかのぼる高貴な血筋でした。
出身地の「ザクセン地方」は人口が増えすぎていたため、若者を国外に送り出す慣習があり、兄弟もその一環として「新天地での運命の開拓」を目指しブリテン島へ渡りました。
ヴォーティガン王との出会いと同盟
ブリテン人の王ヴォーティガン(Vortigern)は、北方のピクト人やスコット人に苦しめられていました。
そこに現れたのが、ヘンギストとホルサ率いる三隻の船団。彼らの勇猛さに感心したヴォーティガンは、傭兵として雇い入れることを決めます。
兄弟は期待に応えてピクト人軍を撃退。その功績によりヴォーティガンは彼らにサネット島(Thanet)を与えました。
しかし、この成功が両者の関係を大きく変えていくことになります。
ヘンギストの策略と「長いナイフの陰謀」
ヴォーティガンの信頼を得たヘンギストは、さらに戦士を呼び寄せる許可を得ます。
このとき、彼の娘ロウェナ(Rowena)もブリテン島にやって来ました。
宴の席で、ヘンギストは娘にワインを注がせ、ヴォーティガンを酔わせます。
美しいロウェナに心を奪われたヴォーティガンは、彼女との結婚を望みました。
その代償として、ヘンギストはケント地方の領地を要求。こうして彼は事実上ケントを支配下に置くことになります。
やがて、ヴォーティガンの息子ヴォーティマーが父に反旗を翻し、サクソン人との戦争が勃発。
この戦いで弟ホルサは戦死しますが、兄ヘンギストは生き残り、次の計画を実行します。
「剣を取れ」──虐殺を招いた裏切りの合図
和平の名目で開かれた会談の場で、ヘンギストはサクソン人たちに「長いナイフ(スクラマサクス)」を隠し持てと命じていました。
宴が始まると、彼は合図として「剣を取れ(Nemet oure Saxas)!」と叫び、サクソン人たちは一斉にブリトン人を襲撃。
460人ものブリトン人貴族が殺害される「長いナイフの陰謀(The Long Knives’ Plot)」が起こります。
ヴォーティガンだけは命乞いの末に助けられ、ヘンギストに多くの領地を差し出しました。
この事件をきっかけに、サクソン人はブリテン島各地で勢力を拡大していきます。
ケント王国の建国とその後
ホルサを失いながらも、ヘンギストはブリテン南東部に拠点を築き、ケント王国(Kingdom of Kent)を建国。
これはブリテン島で最初に成立したアングロ=サクソン王国とされます。
ケントはその後、カンタベリーを中心に栄え、後にキリスト教布教の拠点となっていきます。
まとめ:伝説と現実の交錯する兄弟の物語
ヘンギストとホルサ兄弟の物語は、史実と伝説が入り混じったアングロ=サクソン時代の幕開けです。
彼らは傭兵として島に迎えられ、策略と権謀で王国を築いた――まるで中世ドラマのような展開です。
「長いナイフの陰謀」は、ブリテン人とサクソン人の間に深い溝を残しながらも、イングランド建国の原点となる事件でした。
ケント王国の興隆は、この兄弟の野心と知略の賜物だったのです。
