イギリス・ウェールズの歴史ーカムログ

ウェールズ語ではウェールズの事をカムリ(仲間)と言います。ウェールズの歴史、イギリスの歴史、アーサー王、イギリスの歴史に関連する内容を中心に記事を書いています。

中世の民主的な国家ウェールズ 独裁王ではなく庶民的な王であった

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こんにちは。ウェールズ歴史研究家のたなかあきらです。

このブログでウェールズの中世の歴史について書いており、戦いの場面が多く出てきて。しかし、ウェールズの戦いは他の国々との侵略戦争とは大きく異なっています。

また「王」の考え方、仕組みが大きく異なっているのです。

 

ウェールズの統治者の選び方

 

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中世ウェールズって、他の国々とは違ってたんですってね。

 

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民主的って言えるか分からないけど、同時期の他の社会よりずっと公平だっと思います。人々の権利は10世紀に制定されたウェールズ法や伝統文化で守られており、いわゆる「王」はウェールズにはいませんでした。

 

 

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王がいないってどういう事ですか?

 


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絶対的な権力者である王ではなく、人々から選ばれた統治者だったのです。

イングランドと同じように、ウェールズにも王室があり、王室から統治者は継承されているけれど、必ずしも長男が統治者を後継したわけではありませんでした。

最も優秀な人物が選ばれ、家臣たちも納得する必要があり、統治者として不適切な人間と判断されると、途中で変えられたりもしていました。王室に適切な人材がいない場合は、遠縁から統治者を迎え入れることもあったようです。

人々もウェールズ王と直接話しもできたし、ウェールズの王は人々に愛されていたそうですよ。

 

※王室の父系ではなく母系から統治者が選ばれた例:
アーサー王物語の発祥・起源は、このウェールズを救った王の偉業かも知れない 

 

ウェールズの支配者は、「King(王)」ではなく「Tywysog(統治者)」と呼ばれ、英語ではrulerが当てはまります。

 

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庶民的でいいですね。そんな統治者なら、会って話がしてみたいです。だけどウェールズは戦乱続きだったんでしょ。

 

ウェールズの内乱の意味

 

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確かにそうです。小国に分かれたウェールズ内の国々で紛争は絶えなかったようです。でも、それらは憎しみ合っての戦争ではなく、国間の問題を解決する為の戦争でした。つまり侵略戦争ではなく、お互い自分たちの権利や言い分の話し合いがうまく行かなかった時の解決手段だったのです。

だから、両国間で戦争が起きて領土を占領することがあっても、次の世代には領土が返還されていることも多く見受けられます。

ウェールズ内ではグウィネズが最も力があったけれど、他の小国を独立した国々として侵略や支配しようとは、基本的には考えなかったようです。(ウェールズ法の考えによる)

 

でも、つねに戦国時代で領土争いをしているように見えますけどね。 

※戦国時代のように面白い 中世ウェールズの南北朝時代 

 

とても平等なウェールズ

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10世紀には、ウェールズをほぼ統一したハウェル・ザ・グッドが制定したウェールズ法があります。このウェールズ法によると、統治者の息子は全員平等に領土を貰えることが定められています。

この法律に従い、ハウェルが亡くなったとき所有していた領土は、ハウェルが受け継いだ領土は息子たちに均等に分けられ、戦いで得たものは元の領主の家系に返されました。

 

www.rekishiwales.com

 

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とても民主的な仕組みと思います。しかし、代を経るごとに領土が細分化されたり、全体の統率をとるリーダー的な存在が、生まれにくい仕組みでした。

現代ならよいかも知れませんが、当時の他国は強い王が国を支配して他国を侵略する中世の時代でしたので、ウェールズイングランドに攻撃されて、勢力を落としていく結果となりました。

 

イングランドに征服されてしまった中世のウェールズ
本当のプリンス・オブ・ウェールズ 対 ノルマンのイングランド 

 

 

ウェールズ愛国心

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しかし、ウェールズイングランドヴァイキングと言った、外敵から侵略された時、黙っていたわけではありません。

ウェールズが危機にさらされた時、ウェールズの国中の人々が団結して立ち向かうこともありました。ウェールズの人々の愛国心が強かったからかも知れませんね。

 

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ウェールズ魂、ですか?

 

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中世のウェールズを見ていると、他国を脅かして領土を広げるような侵略戦争はせずに、他国からの侵略を守る戦争に徹していたように思います。

安心して暮らせなくなり、自分たちのアイデンティティーが脅かされると、一致団結して敵に立ち向かいました。

代表的な例が、全ウェールズを率いてイングランドに立ち向かった英雄、オウァイン・グリンドゥールですね。www.rekishiwales.com

 

最後に

今回の記事は、ウェールズ歴史の著者であり大学でも教鞭をとられているDr.Gideon氏(ギデオン先生)と、たなかあきらとの会話をもとに加筆を加えました。

 

Gideon先生の新書

 

www.rekishiwales.com

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最後まで読んで下さりありがとうございました。

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