<改訂版> 中世ウェールズの歴史 ~ローマ支配からプリンス・オブ・ウェールズまで~

改訂版 中世ウェールズの歴史
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ウェールズは現在のイギリス(グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国)の一部で、グレートブリテン島の西部に位置する、四国程度の広さの小さな国です。

近代では、石炭の採掘が盛んにおこなわれ鉄鋼業や鉄道が発達しましたが、現在は農業や観光が中心と、自然が多い豊かな国です。

日本からウェールズに訪れる人はまだ少ないですが、観光においては、多くの日本人も興味を持つであろう歴史遺産が多くあります。

四国と同じ面積の中に、数百ものお城が残されています。これは、紀元前後から十数世紀までの中世の間に、多くの戦いが起こったからだと思います。

この記事では、紀元1世紀~15世紀初めまでの中世ウェールズの歴史についてお話をしていきます。

1世紀~15世紀までの時代に絞った理由は、ウェールズが独立を守るために外敵と戦い、国家として機能していると考えられる時代だからです。

 ※ウェールズの場所は、イギリス西部にあります

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中世ウェールズ歴史の流れ

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では、まず簡単に中世ウェールズの歴史の流れについて、お話しよう。
とても端的に表現すると、紀元前数世紀頃からブリトン人と呼ばれるケルト系民族がグレートブリテン島に住むようになり、北部(現在のスコットランド北部)を除いて、ブリタニアと呼ばれていたんだ。1世紀になるとローマ帝国が侵略してきて、1世紀~5世紀まではローマ帝国の支配下にあったんだ。

ローマ帝国が東西に分裂し弱体化すると、5世紀初めにグレートブリテン島から撤退せざるを得なくなるんだ。しばらくローマの影響は残るものの、ブリトン人が自らの手でブリタニアを統治していたんだ。この時期に、現在のウェールズの原形となる王室ができたんだ。

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ところが、5世紀~8世紀にかけてジュート人やアングル人、サクソン人といったゲルマン系のアングロ・サクソン族に侵略され、領土を広げられるんだ。この部分がイングランドになるんだよ。ブリトン人は、西と北に押しやられ、西はウェールズ、北はスコットランドになるんだ。

更にヴァイキングの攻撃を受けたりもするんだけど、11世紀になるとフランスからやって来たノルマン人がイングランドを征服し、ウェールズにも攻撃を仕掛けてくるんだ。数世紀に及ぶ戦乱の末、13世紀末にウェールズはノルマン人のイングランドに征服されてしまうんだよ。

※ヴァイキングの歴史
ヴァイキングの歴史 ヴァイキングはなぜ強かったのか

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外国からの侵略の歴史で流れをまとめてみたけど、外国侵略にプラスして、内乱も頻発に起こっていたんだ。 中世ウェールズの歴史を分かりやすいように、独自に呼び名をつけて時代を区分してみたよ。


※この区分は、たなかあきら独自に行ったものです

中世ウェールズの各時代の概要

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各時代の概要について、ざっと話すぜ。

①ローマ時代(1世紀~4世紀前半)

ローマ帝国に侵略され、ブリタニアはローマ帝国の属国として支配されていた時代(43年~410年頃)です。ローマ帝国からはブリタニア司令官が派遣され、北からのピクト族、西からのスコット族やヴァイキングなどの侵略を防いでいました。スコットランドに建てられたハドリアヌスの城壁など、ローマ遺産が現在も残っています。

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②ブリタニア時代(4世紀前半~7世紀後半)

410年に西ローマ皇帝ホノリウスの時、ローマ帝国軍がブリタニアから撤退。ブリタニアに自治権が戻った時代(410年~664年または684年頃)です。

この頃、現在のウェールズの原形となるグウィネズ国がキネダ大王によって建国され、子孫のマエルグゥイン、カドワロンなどが勢力を伸ばしていきました。

僕らの生き方に活かせるウェールズの創始者の秘訣 

ブリタニアからローマ帝国の後ろ盾がなくなると、外国からの攻撃が激しくなりゲルマン系のアングロ・サクソン族(ジュート人、アングロ人、サクソン人)が侵略して勢力を拡大しました。

ウェールズとの関連が深いアーサー王は、伝説によるとこの時代に活躍したといわれています。

分かりやすいイギリスの英雄アーサー王の概要

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③戦乱時代(7世紀後半~9世紀前半)

※ブリタニア時代から戦乱時代の初め頃までの、ブリテン島の勢力範囲の変化です。アングロ・サクソン勢力(緑色)の拡大の様子が良く分かります。

ブリテン島でアングロ・サクソンが支配力を伸ばし最大勢力となりました。現在のイングランド、ウェールズ、スコットランドの概略の国境が形成された時期です。

ウェールズはアングロ・サクソンの侵略から守る戦争を強いられだけでなく、後継争いの内乱や病気が流行り、国が荒廃しました。

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④統一時代(9世紀前半~10世紀中盤)

それまでのウェールズはいくつかの小国に分かれ、それぞれの小国の統治者が自治をしていました。

この時期に、強力な指導力を持った統治者たちが出現し(ロドリ大王、ハウェル良王)、イングランドやヴァイキングからの攻撃を防ぎながら、ウェールズのほぼ全域を統一しました。

ウェールズの国家としての土台が形成された時代です。

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⑤南北朝時代(10世紀中盤~11世紀後半)

ウェールズ王室は、主に北と南の2つに分かれて、それぞれの王室を形成しました(北:アベルファラウ家、南:ディネヴァウル家)。

アベルファラウ家はグ北部のウィネズ(Gwynedd)、ディネヴァウル家は南部のデハイバース(Deheubarth)を拠点としていました。

ウェールズの主導権は、この両家の間を、目まぐるしく移り変わります。

しかし11世紀後半になると、イングランドがノルマン人に征服され、次第にウェールズにもノルマン人の侵略が始まりました。

内乱と外敵との戦いを続けながら、ウェールズの主導権は1つの家(アベルファラウ家)に集約されていきました。

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⑥プリンス・オブ・ウェールズ時代(11世紀後半~13世紀後半)

ノルマン人のイングランドによる攻撃が強まり、ウェールズの広範囲にわたる領土は侵略を受けましたが、再び指導力の強い統治者(オウァイン大王、ラウェリン大王など)たちが出現し、ウェールズの統一化を図りました。

しかし、執拗なノルマン人の侵略によりウェールズは弱体化していきます。この時期に、プリンス・オブ・ウェールズのタイトルが始まりました。(11世紀後半~1282年)

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⑦ノルマン征服時代(13世紀後半~)

1282年に、統治力を持った最後のプリンス・オブ・ウェールズ(ラウェリン・ザ・ラスト王)がノルマン人のイングランド敗れ、征服されました。

ウェールズの自治が終焉した時代です。14世紀初に自称プリンス・オブ・ウェールズを名乗る英雄(オウァイン・グリンドゥール)が出現し、イングランドに反旗を上げるも鎮圧されました。

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⑧番外編:テューダー朝に繋がるウェールズの血筋

1485年、ウェールズ王族の血を引くテューダー・ヘンの直系子孫のヘンリー・テューダーがリチャード3世を倒し、イングランド王ヘンリー7世になりました。

息子ヘンリー8世がイングランド王であった1536年に合同法により、ウェールズはイングランドに統合されました。

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最後にコメント

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ひょー、中世のウェールズは外敵や内乱で、ずっと戦乱の時代だったのですね。初めに戻って、ウェールズに残っているお城の多くは、イングランド人が建てたというのは、ウェールズはイングランドに侵略された歴史的な背景があるからなんですね。

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そうだな。はじめはローマ時代や、ウェールズ内乱の要塞として建てられた城が、12〜13世紀末にかけてノルマン人のイングランドに占領されて建て直されたものが多いんだ。

ノルマン人がウェールズを征服したり、監視したりする目的に変わったんだ。ノルマン人とウェールズの戦いの中で、再びウェールズが取り戻すお城もあったりなど、要塞としてのお城は戦いの最前線でも使われたんだ。数あるウェールズのお城は、外敵との戦いを深く物語っていると思うよ。

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