物語 ウェールズ抗戦史 ケルトの民とアーサー王伝説の概要

スポンサーリンク

 

f:id:t-akr125:20200111162307p:plain

こんにちは。たなかあきらです。

「物語 ウェールズ抗戦史 ケルトの民とアーサー王伝説」はとても有意義な本で、ウェールズの歴史全体の流れを理解するのに役とても立つと思います。

 

このブログでは、2016年4月~6月にかけて、「中世ウェールズの歴史」について分かりやすく記事を投稿していました。

👉こちらの記事
【保存版!】イギリスのウェールズの歴史~戦いに明け暮れた古代から中世版~ 

 

この記事と、今回ご紹介する書籍「物語 ウェールズ抗戦史 ケルトの民とアーサー王伝説」は、取り上げる人物や項目がとてもよく似ています。

ウェールズの歴史の中で、重要で面白いと思うポイントは同じなのかな、と思います。

 

👉こちらが私の記事(改訂版)
<改訂版> 中世ウェールズの歴史 ~ローマ支配からプリンス・オブ・ウェールズまで~ 

 

アマゾンでの本紹介

アマゾンに掲載されている、書籍の紹介文は下記になります。

 

ケルトの民ブリトン人の島だったブリテン島をローマ軍が征服し、属州として支配を開始したのは一世紀中頃。

五世紀に入るとローマは撤退、アングロサクソン人が侵入を始める。以来ブリトン人は、のちにウェールズと呼ばれる島の西の隅に追いやられ蹂躙されながらも、外敵イングランドに抵抗を続けた。

そして1485年、ついに「勝利」の日が訪れる。それはあまりにもドラマチックな大逆転劇だった――。

本書は、救世主「アーサー王」の再来を信じ、1500年にわたり強大な敵に抗い続けた、ウェールズの誇りと栄光の物語である。 

 

 

物語 ウェールズ抗戦史 ケルトの民とアーサー王伝説 (集英社新書)

物語 ウェールズ抗戦史 ケルトの民とアーサー王伝説 (集英社新書)

 

 

物語 ウェールズ抗戦史 ケルトの民とアーサー王伝説の概要

本の目次の沿って概要を説明します。

 

プロローグ 「よそ者」と呼ばれた人たち

ウェールズと言う名前は(Wales)、英語で「よそ者」という意味です。

ウェールズは英語を話すイングランドによって征服され、イングランドから見るとよそ者になります。

しかし、ウェールズ語でウェールズのことをCymru(カムリ)と呼び、「同朋」の意味になります。

ウェールズ人たちの愛国心に燃え、イングランドからの独立のために、中世では戦ってきたのです。

 

👉参考記事

ウェールズの歴史が面白いと言われている4つの理由!

 

第一章 ブリトン人から、ウェールズ人へ

 

古代のブリテン島にはウェールズ人の祖先であるブリトン人が大部分を治めていました。しかし、1世紀になるとウェールズを含むブリテン島はローマ帝国に征服されました。

ローマ帝国の侵略に対して、とても勇敢に抗戦した女王がいました。ブーディカです。ブーディカは敗れはしましたが、ヒロインとして語り継がれています。

 

👉この時代が良く分かる参考記事

<改訂版> 第1章 ローマ帝国に支配されたブリタニア 

 

 

5世紀になるとローマ帝国はブリテン島から撤退し、ブリトン人による支配が戻ってきました。しかし、変わってブリテン島に侵略してきたのが、アングロ・サクソン人でした。

この中で登場するのがアーサー王です。アーサー王はアングロ・サクソンに連戦連勝し、侵略を許しませんでした。ここから、英雄アーサー王の伝説は始まりました。(アーサー王にはモデル人物がおり、書籍ではアンブロシウスをアーサー王としています)

 

しかし、アーサー王の時代が過ぎると、ますますアングロ・サクソンの侵略は激しくなってきます。
7世紀前半に登場したのが、カドワロンです。カドワロンは利害を共にするペンダ王と手を組み、宿敵エドウィンを破り、アングロ・サクソンの勢力を押しやりました。

 

👉この時代が良く分かる参考記事

<改訂版>第2章 ローマが去りアングロ・サクソンとウェールズ王室がブリタニアにやってきた

 

中世のウェールズにおいて、長らく全国が統一されることはありませんでした11世紀に1度だけ、ウェールズがウェールズの統治者によって統一されました。

北ウェールズ出身のグリフィズ・アプ・ラウェリンはウェールズ諸侯たちを従えただけでなく、イングランドに侵略されていた南部ウェールズも取り戻し、約20年かけて、ウェールズを統一したのでした。

 

この時代には、ブリトン人はほぼウェールズに残るだけになり、ブリトン人はウェールズ人に、また侵略してくるイングランドに対抗し、ウェールズへの愛国心も強まっていました。

 

👉この時代が良く分かる参考記事

<改訂版>第5章 興味深い!中世ウェールズはまるで南北朝+戦国+下剋上のようです 

第二章 ノルマン人西へ、ウェールズへ

1066年にイングランドはノルマン人のギョーム2世(ウィリアム1世)によって征服されます。そして、ノルマン人によるウェールズ侵攻も始まっていきます。

12世紀には多くのウェールズの領土がイングランドによって奪われていました。そこで、立ち上がったのがラウェリン大王でした(ラウェリン・アプ・イオルワース)

ラウェリンはイングランドのジョン王と最終的には争い(ジョン王の娘を妻としていた)、イングランドに奪われた領土を奪回しました。

 

また、宗教的にもウェールズ人の心を熱くする人物が現れました。ジェラルド・オブ・ウェールズです。

ジェラルドはノルマン人ですが、母方にウェールズ王室の血が流れており、途中から心もウェールズ人に変化します。そして、ウェールズ教区のセント・デイヴィッズ大司教になろうと、イングランド人と争いました。(最終的には失敗に終わった)

 

13世紀後半になると、さらにウェールズの領土はイングランドに奪われ、イングランド王ヘンリー3世やエドワード1世に忠誠を誓わされるまでになりました。

ウェールズの独立を確保するために再び立ち上がった人物がいました。ラウェリン大王の孫、ラウェリン・ザ・ラスト王です。

ラウェリンは一時はウェールズの大部分を奪回するに至りましたが、弟の利己的な動きに翻弄され、エドワード1世に敗れて処刑されました。

こうして、1282年にウェールズはイングランドに征服され、独立の夢は破れました。

 

👉この時代が良く分かる参考記事
<改訂版>第6章 プリンス・オブ・ウェールズの登場とノルマン・イングランドとの激しい戦いの結末

 

👉ジェラルド・オブ・ウェールズの記事

恐いイギリス聖職者ジェラルド・オブ・ウェールズが歴史上のウェールズの英雄となった理由

 

第三章 独立を懸けた最後の戦い

 

ウェールズはイングランドに平定され1世紀以上が経ちました。疫病のペストが流行し不安な世の中の上、イングランドとフランスとの100年戦争の戦費を得るために、ウェールズに重税をかけたことから、ウェールズの人々のイングランド支配に対する不満がたまり、独立の機運が高まっていました。

人々の期待に応えて、14世紀末にウェールズの独立を取り戻そうと立ち上がった英雄がオウァイン・グリンドゥール(Owain Glyndwr)です。

オウァインはウェールズを救う、アーサー王の再来と人々の期待は高まりました。

オウァインの反乱が始まるとウェールズ各地でも反乱がおこり、次々とウェールズ内にあるイングランド所有の城を奪っていきました。

オウァインはイングランド王ヘンリー4世に反発するイングランド貴族も取り込み、フランスの協力も得て、ウェールズ独立だけでなくイングランド打倒まで視野に入れた念入りな計画が作られました。

しかし、あと一歩のところでイングランドに敗戦し、反乱軍はしだいに消滅して、オウァインも姿を消しました。

 

👉この時代が良く分かる参考記事

<改訂版>第7章 英雄プリンス・オブ・ウェールズの逆襲! イングランドから独立をかけた戦い

 

第四章 赤竜の旗のもとに

アーサー王伝説から始まる「レッドドラゴンの伝説」。再び、アーサー王の再来!とウェールズ人の期待を背負った人物が現れました。ヘンリー・テューダーでした。

ヘンリーはイングランド王室の血を母方に持つ(ランカスター家)ウェールズ直系の血筋で、薔薇戦争でのヨーク派の攻撃から生き延びました。

そして1485年に、ヘンリーは赤竜の旗を掲げ士気を高めたウェールズ人を味方にし、ヨーク家リチャード3世を破り、イングランド王ヘンリー7世として戴冠しました。

ウェールズ人の長年の夢がかなった時でもありました。

 

👉この時代が良く分かる記事

<改訂版>第8章 テューダーの発祥とは? イングランド王室に影響力を及ぼしたウェールズの血筋 

 

www.rekishiwales.com

 

 

ウェールズの歴史のながれ、ウェールズの人々の愛国心、人々の心に根付くアーサー王伝説が良く分かる本です。是非手にとって頂ければと思います。

物語 ウェールズ抗戦史 ケルトの民とアーサー王伝説 (集英社新書)

物語 ウェールズ抗戦史 ケルトの民とアーサー王伝説 (集英社新書)

 

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました