ウェールズの歴史

ウェールズの歴史

ローマ帝国に逆らったブリタニアはどうやって救われたのか?

こんにちは、たなかあきらです。1世紀から5世紀までブリタニアはローマ帝国の支配下にありました。ブリタニアの各小国はローマに従いながら自治をしていましたが、ローマ帝国に逆らい反乱を起こすこともしばしばあり、時には統治権を奪ったこともありました...
ウェールズの歴史

イギリスだけど中世ウェールズの王位継承はイングランドと違った方法だった

(19.11.9更新)イングランドでは中世より王室が存在し、王位継承は、王の子や兄弟など王位継承権のある人物の中で、継承順位をつけて、王が亡くなると最も順位の高い者が王位を継承するシステムをとっていました。11世紀以前は、後継者は議会で承認...
ウェールズの歴史

中世の民主的な国家ウェールズ 独裁王ではなく庶民的な王であった

 こんにちは。ウェールズ歴史研究家のたなかあきらです。このブログでウェールズの中世の歴史について書いており、戦いの場面が多く出てきて。しかし、ウェールズの戦いは他の国々との侵略戦争とは大きく異なっています。 中世ウェールズにおいて「王」の考...
ウェールズの歴史

イギリス王室より歴史が古いウェールズ王室の起源

開祖:キネダ・アプ・エダン(右) (19.11.10更新)現在のイギリスの王室は11世紀にはじまり約950年続いています。しかし、よく見てみると、イングランド王室、スコットランド王室、ウェールズ王室いずれとも関わりがあります。今回は、それぞ...
ウェールズの歴史

ハウェル良王(Hywel the Good)のウェールズ法 ヨーロッパで最も進化した法律はどんな内容なのか

 時代は9世紀のウェールズ。ロドリ大王の時代にウェールズは初めて統一されましたが、子や孫に後継していく中で、領土争いが続いていたのでした。ウェールズを安泰にするためにも、乱世を終了させて強い国づくりに取り掛かっていかなければなりませんでした...
ウェールズの歴史

ケルトの中世音楽 ウェールズの吟遊詩人と伝統的な楽器

こんにちは、たなかあきらです。中世のウェールズでは、吟遊詩人が音楽と共に活躍していました。当時は新聞や本はありませんし、限られた公的な文書のみラテン語で書かれ、言葉による伝達しか手段が中心でした。人々に情報を伝える役、歴史的な物語を語る役(...
ウェールズの歴史

歴史上の人物ランキングでのウェールズ人のトップは? ウェールズの歴史問題です

こんばんは。ウェールズ歴史研究家、たなかあきらです。 ウェールズの歴史、小テスト参考記事答えと解説問1 ウェールズ(Wales)の意味は何でしょうか?「ウェールズ語では、ウェールズ(Wales)のことを、カムリ(Cymru)というんだ」 「...
30人のウェールズ王

イングランド王ヘンリー2世に打ち勝ったウェールズ英雄のお話

 親は英雄だった。子供はどうだったのか? 英雄だったのだろうか ウェールズ内での大きな戦争を制し、捕虜など数々の困難を乗り越えイングランドを打破し、ウェールズを復活させた英雄、グリフィズ・アプ・コナン。グリフィズには3人の息子がいた。長男カ...
30人のウェールズ王

ウェールズ版の戦国時代を終結させ、ヘンリー1世を破った英雄の波乱万丈な人生

11世紀のことでした。アイルランドに、グリフィズ・アプ・コナン(GriffyddapCynan)と言う青年が住んでいました。 グリフィズには野望がありました。その野望は青年になってから事実を知り、フツフツと湧き上がったものでした。 それは、...
30人のウェールズ王

風林火山の出稼ぎ勇者、シンゲン今助けるぞ

 昔むかしの事でした。グレートブリテン島からポツリと離れた、今のマン島のお話がスタートです。その男が活躍した九世紀では、マン島はアンイス・マナウ(YnysManaw)と呼ばれた国でした。 その男は代々、マナウ国を治める首長の血筋で、彼も父ギ...