イギリス・ウェールズの歴史ーカムログ

ウェールズ語ではウェールズの事をカムリ(仲間)と言います。ウェールズの歴史、イギリスの歴史、アーサー王、イギリスの歴史に関連する内容を中心に記事を書いています。

ゲーム・オブ・スローンズ ウェスタロスの歴史のモデルを考えた

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こんにちは、たなかあきらです。
中世ヨーロッパの雰囲気が大いに感じられるドラマ「ゲーム・オブ・スローン」は、中世イギリスがモデルになっている、言われています。

 ゲーム・オブ・スローンのシーズン1が始まる前の、前史も相当練りこまれている点が

とても興味深いです。

 

主な舞台となるウェスタロスの歴史的な背景について、中世イギリスの歴史と照らし合わせながら、共通点をお話いたします。

(注意:たなかあきらの想像が多く含まれています)

 

ウェスタロスの歴史についてはこちらをご覧ください。 

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ウェスタロスの形

 

ウェスタロスの形は、グレートブリテン島アイルランドを合体させたものに似ていると言われています。次の写真は現在の、イギリスとアイルランドです。

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アイルランドを180度回転させて、グレートブリテン島の南にドッキングさせてみます。

 

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そうすると、ウェスタロス(下の写真の左側の島)とそっくりの形になります。 

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12000B.C.

夜明けの時代

古代には、一つの季節が不規則に数年間も続く大陸ウェスタロスには「森の子ら:The Children of the Forest」と呼ばれる小柄な種族が住んでいました。海を隔てた東の大陸エッソスから「初の人々:First Men」が渡来し、先住民族である「森の子ら」と激しく戦い続けましたが、領土を分け合い、和解しました。

 

⇒時代は随分と後になりますが、43年頃からグレートブリテン島ローマ帝国が侵入して1世紀後半までには、北部を除き、ローマ帝国支配下となります。

また、先住民としては、紀元前数世紀にヨーロッパ大陸から移り住んできた、ケルト系民族(ブリトン人)がいました。

「最初の人々」はローマ人で「森の子ら」は、このブリトン人を指すのではと思います。

 

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※参考)他の考え方

グレートブリテン島において、紀元前数世紀にヨーロッパ大陸よりケルト系民族が侵入し徐々に支配を広げていきました。このケルト系民族はブリトン人と呼ばれるようになり、ブリタニアを形成していきます。「最初の人々」はブリトン人に匹敵すると考えられます。

 先住民としては、ストーンヘンジの時代(紀元前2500~3000年頃)にはウィンドミルヒル人やビーカー人などが住んでいました。

「森の子ら」は石器時代に住んでいた、ウィンドミルヒル人やビーカー人では、ないでしょうか?

 

 

8000B.C.

長い夜の時代

北の果てである常冬の地から、「ホワイト・ウォーカー」と呼ばれる異形が侵略してきます。「夜明けの戦い」で「最初の人々」と「森の子ら」が彼らを北へ追いやりました。

 

ローマ帝国ブリタニアを統治している時代、ブリテン島北部にはピクト人と呼ばれる体を青く塗って戦う人々が住んでいました。(ピクトランド)

色は違いますが、ホワイト・ウォーカーのモデルは、ピクト人ではないか?と考えられます。

 

※参考、ピクト人について

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ブランドン・スターク(建築王)が、「森の子ら」の協力も得て、「壁」と呼ばれる魔法的な巨大な氷の壁を築き、ホワイト・ウォーカーを北方に閉じ込めることに成功しました。「壁」はナイツ・ウォッチと呼ばれる男たちによって守られることになりました。

 

⇒紀元2世紀に、ローマ皇帝ハドリアヌスは、ピクト人の襲撃を防ぎ南の領土を守るために、ハドリアヌスの長城を築き、ローマ軍人を駐在させました。もとから住んでいた、ブリトン人はローマ軍に支配されながらも自治を守り、ともに外敵のピクト人などと戦いました。

 最初の人のブラドン・スターク・・・ローマ人のハドリアヌス皇帝

 壁・・・ハドリアヌスの長城

がモデルになっていると考えられます。

 

ハドリアヌスの長城やピクト人について

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6000B.C.

アンダル人(Andals)の征服
6000年ほど前にまたもエッソスから異民族が渡ってきました。アンダル人と呼ばれる侵略者は近代的な兵器で武装しは最初の人々を北へ追い払いウェスタロスを征服し、七王国を作りました。

 

ブリテン島においては、5世紀中頃からヨーロッパ大陸のゲルマン系民族(ジュート人、アングル人、サクソン人:いわゆるアングロサクソン人)が侵略を始めました。

アングロサクソン人は、ローマ帝国が撤退した後の、ブリトン人を攻撃して、彼らを北と西に追いやり7世紀ごろには、ブリテン島の大部分を征服しました。アングロサクソン人は、アングロサクソン7王国を設立しました。つまり、アンダル人はアングロサクソン人がモデルとなっていると考えられます。

 

ウェスタロス七王国

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アングロサクソン七王国 

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大王が内乱を抑えてウェールズの天下を統一した時代

 

326B.C.

ヴァリリア人の渡来(ドラゴンストーン)
エッソスに住むヴァリリア人の一家族、ターガリエン家がエスタロスに渡り、ドラゴンストーンに本拠地しました。

 

⇒9世紀ごろから、ブリテン島にはスカンディナヴィア半島や、デンマーク付近からのヴァイキングの侵略が激しくなっていました。(ノルド人、デーン人)

ヴァイキングはデーンローと呼ばれる領土を支配し(イングランドの約3分の1ほど)、一時期、イングランド王の座を奪取するほど、勢力を広げました。 

ヴァリリア人はヴァイキングに相当するのでは、と思います。

 

※参考)ヴァイキングについて

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1B.C.~1A.C.

ヴァリリア人の征服

ヴァリリア人の一家であるターガリエン家の当主エイゴン・ターガリエンは、3頭のドラゴンを率いてウェスタロスに攻め入り征服しました。

エイゴンはターガリエン統一王朝を開き、倒した敵の剣を溶かして作られた〈鉄の玉座〉に座りました。ターガリアン王朝は数百年続き、ターガリエン家によって王位が継承されてきました。

 

⇒1066年に、ノルマンディー公国のギョーム2世が率いるノルマン軍が、イングランドに侵略し、征服しました。(ノルマン征服)※ノルマン人はヴァイキングの子孫

ギョーム2世は、ウィリアム1世としてイングランド王となり、ノルマン朝を設立します。その後、数百年におよび、ウィリアム1世の直系や親族がイングランド王を歴任しました。

イングランド君主一覧 - Wikipediaノルマン朝プランタジネット朝

ウィリアム1世がエイゴン・ターガリエンで、ターガリアン家がノルマン人に相当するかと思います。

ウィリアム1世は、ドラゴンを使いませんでしたが、後の人物が征服の時にドラゴンを利用しました。

 

※ノルマン征服に関する記事

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282A.C.

ロバートの反乱
ターガリエン家の庶流であるバラシオン家のロバートが、狂王エイリスのターガリエン王朝を倒して〈鉄の玉座〉に座りました。
ターガリエン家のほとんどの人々は殺されましたが、狂王エイリスの子ヴィセーリスとデナーリスの兄妹だけは生き残り、ウェスタロスを追われエッソスへと渡りました。

 

イングランドでは王の後継を巡り薔薇戦争が起きていました。15世紀の後半、白薔薇のリチャード3世がイングランド王でした。

リチャード3世は幼い甥兄弟や、対抗勢力を次々と処刑や投獄したとされ、悪王と呼ばれといます。

リチャード3世の悪事と哀歌

 

リチャード3世に対し、赤薔薇のランカスター派は、ウェールズの血筋でイングランド王室の遠縁のヘンリー・テューダーを擁立し、反乱を起こしました。

 

ヘンリーは、居住していたフランスでからイングランドに攻め込みました。ヘンリーはレッドドラゴンの軍旗を掲げてウェールズ人を味方につけ、リチャード3世を破り、ヘンリー7世としてテューダー朝を開きました。

ヘンリー7世が、ウェスタロス王ロバートに当たり、リチャード3世が狂王エイリスに当たるのでは、と思います。

 

※ヘンリー7世とドラゴンの旗について

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ロバートは、大酒飲み、肥満でわがまま、妃とは不仲で他の女性と庶子を多く作るなど、ヘンリー7世の息子で、悪名高いヘンリー8世に似ている、と思いました。

 

ロバート・バラシオン王

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ロバート・バラシオン

 

ヘンリー8世

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