イギリス・ウェールズの歴史ーカムログ

ウェールズ語ではウェールズの事をカムリ(仲間)と言います。ウェールズの歴史、イギリスの歴史、ウェールズとの関わりが深いアーサー王などを中心に記事を書いています。

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イングランドの歴史 アングロ・サクソン七王国の概要

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こんにちは、たなかあきらです。
イギリスでは主に、イングランドウェールズスコットランド北アイルランドの諸国で成り立っています。

その中の、イングランドの10世紀以前の中世において、アングロ・サクソン人の国々が存在していました。

それらの国々はどのようにして生まれ、イングランドを形成していったのか? お話いたします。

 

参考:

分かりやすいスコットランドの歴史概要 - イギリス・ウェールズの歴史

中世ウェールズの歴史 決定版

アングロ・サクソンとは?

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アングル・サクソン人はゲルマン系の民族で、アングル人、サクソン人、ジュート人のことを指します。もともとアングロ・サクソン人はともにエルベ川下流域のユトランド半島の付け根付近に住んでいました。

ユトランド半島 - Wikipedia

 

※もとの意味は「アングロとサクソン」ではなく、「アングリアのサクソン」であり、大陸のサクソニアと区別する意味で使われたものである。

5世紀半ばに、ゲルマン民族の大移動が行われ、アングロ・サクソン人たちは北海を越えてグレートブリテン島に侵入し、アングロ・サクソン七王国(へプターキー)を作ったのです。

 

アングロ・サクソンブリテン島になぜ来た?


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彼らが移り住むきっかけについての説は次になります。※

紀元前数世紀よりグレートブリテン島ブリタニア)は、ケルト系民族のブリトン人が主に住んでいましたが、紀元43年頃からローマ帝国が侵略して支配下にしていました。
ところが、410年西ローマ皇帝ホノリウスは、ローマ軍を撤退させ、ブリタニア支配を放棄しました。

ローマ軍の駐在により、北からやってくるピクト人(現在のスコットランド北部)、西からやってくるスコット人(現在のアイルランド)などの外敵を防いでいましたが、ローマ軍撤退後はブリトン人みずからの手で防御する必要がありました。

当時のブリタニアの有力者、ヴォーティガンはローマ帝国からの援助を絶たれて困った末に、傭兵としてジュート人のヘンギストとホルサ兄弟を雇います。

 

ヘンギストとホルサ兄弟は、ヴォーティガンに反乱を起こし、ブリテン島東部のケントを奪い取り定住しました。その後、本国からの移住者が増え、領土を拡大していきました。これが、アングロ・サクソン人ブリタニア侵略を始めたきっかけと言われています。

また、アングロ・サクソン人の侵略が加速した理由の一つに、彼らの本拠地にヴァイキングのデーン人が侵略したため、とも言われています。

 

※諸説ある中の「ブリタニア列王史」など

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アングロ・サクソン人ブリテン島征服 


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領土侵略を続けるアングロ・サクソン人に対して、ブリトン人たちも反撃をしました。「バドン山の戦い」と呼ばれる一連の戦いで、アングロ・サクソン人は大敗北し、5世紀終わり頃~6世紀初めにかけ数世代に渡ってその勢いが止められた時期もありました。 
「バドン山の戦い」の詳細は場所は不明ですが、ブリトン人たちを指揮し勝利に導いたとされる人物がモデルとなり、アーサー王伝説がうまれた、と言われています。

このようにブリトン人が勢いづく時期もありましたが、アングロ・サクソン人の侵略がこう着したのは一時的なもので、5世紀中旬~7世紀にかけて領土を着実に広げ、ウェールズスコットランド付近を除く現在のイングランドにあたる領域を支配下におさめました。


アングロ・サクソン人七王国を作り、「アングル人の土地」の意味からイングランドの名前がうまれ、9世紀にイングランド王国に統一されました。

※実際にはアングロ・サクソン人が建国した王国は7つのみではなく、小国や群小国が存在しましたが、国同士で覇権を争ったすえ7つの有力な国に代表されるようになりました。

 

アングロ・サクソン七王国(へプターキー)の成り立ち

 

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代表的なアングロ・サクソン人七王国は以下となります。

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8世紀初めのアングロ・サクソン諸国 The Anglo-Saxon Kingdoms AD 700より

 

<アングル人の王国>

ノーサンブリア王国: イングランド北東部を支配した
マーシア王国: 7世紀頃に最大勢力を持ち、イングランド中央部を支配した
イースト・アングリア王: イングランド南東部イースト・アングリア地方、現在のノーフォーク、サフォーク周辺を支配した

 

<サクソン人の王国>

エセックス王国: イングランド南東部、現在のエセックスハートフォードシャーミドルセックス周辺を支配した

ウェセックス王国: 当初は北部もイングランド南西部を支配し、イングランドを統一した

サセックス王国: イングランド南部、現在のサリー、イースト・サセックス、ウェスト・サセックス周辺を支配した

<ジュート人の王国>

・ケント王国: 最も早い時期に侵略し、イングランド南東部、現在のケント周辺を支配した



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王国が形成された6~7世紀の早い時期には、アングル人の建てたノーサンブリアマーシアが勢力を持ちました。ノーサンブリア王のエドウィン、オスワルド、オスウィ、そしてマーシア王ペンダなど非常に強力な王が存在しました。


これら王国間での争いもあり、国境や覇権を持つ王国は移り変わりました。七国の中では、ケント・エセックスサセックスは早くに衰え、ノーサンブリアマーシアウェセックスの順番で、覇権を握りました。

 

とてもシンプルなアングロ・サクソン七王国の年表

 

450 - 500年

アングル人、ジュート人、サクソン人が、グレートブリテン島東岸への侵略を開始。西へと侵攻を広げる。

 

477年

アエラ王と息子達が率いるサクソン軍は、新たにブリテン島に到着し、対抗するブリトン人と戦い追い出す。

 

496年?

 「ベイドン山の戦い」がアエラ率いるサクソン軍と、ブリトン軍の間で起きる。アエラブリトン軍に大敗北したと言われる

 

627-632年

ノーサンブリアエドウィンが勢力を持つ。エドウィンは、マーシアのペンダとウェールズケルト人)連合軍に敗れ戦死する

 

7世紀~8世紀

8世紀初めごろまでには、アングロ・サクソン人ケルト人を西と北に追いやり、ブリテン島の大部分を侵略した

 

※緑色がアングロ・サクソン諸国

 

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<改訂版> 中世ウェールズの歴史 ~ローマ支配からプリンス・オブ・ウェールズまで

 

ノーサンブリアマーシアが覇権を奪い合い、8世紀にはマーシアが有力となる。マーシアのオッファ王は西のウェールズとの国境付近に「オッファの防塁」を築いた

※参考記事
戦国化するウェールズと、アングロ・サクソンの国マーシアが勢力拡大していく時代

 

825年

ウェセックスのエグバート王がマーシアを撃破し勢力を伸ばし、マーシアは衰退した。
更にエグバート王は、マーシアだけでなくコーンウォール地方にも勢力を伸ばし、テームズ川以南を支配した。事実上初代のイングランド王とされる。

このイングランドに7つの王国が存在した825年までの約380年間は、アングロ・サクソン七王国時代と呼ばれる。

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※エグバード王 

830年頃~

デンマーク付近に住むノルマン人の一派、デーン人の侵攻が始まった。デーン人はヴァイキングとしてイングランドを荒し、アングロ・サクソンの王国を次々と滅ぼした。

ヴァイキングに関する記事

ヴァイキングの歴史 ヴァイキングはなぜ強かったのか

ヴァイキングのことが良くわかるドラマ ヴァイキング ~海の覇者たち~

 

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※9世紀のイングランド(黄色の部分がデーンロウ、緑色がイングランド

 

878年

ウェセックスのアフルレッド王がデーン人に勝利。デーン人の支配地域を北東部に押しとどめ、そこをデーンローとして制限した区域にデーン人の居住を認めた。

 

927年

ルフレッド大王の孫のアゼルスタン王が、デーンローを奪取。イングランド王国を建国した。「アングル人の土地」を意味していたイングランドは、ウェセックス王家のもとで「イングランド王国」となった。

 

1013年

デンマークのスヴェン王がイングランド王エゼルレッドを破り、イングランド王となる

 

1016年

スヴェンの子クヌートがイングランド王に即位。クヌートは後にデンマーク王、ノルウェーにも即位し、デーン人による北海帝国を築き上げた。

※当時が分かる漫画

ヴィンランド・サガはなぜ面白いのか。その理由を分析してみた

 

1066年

イングランド エドワード懺悔王がなくなると、 ノルマンディー公ギョーム2世がノルマン軍を引き連れ、ハロルド2世をヘイスティングスの戦いで破り、イングランドを征服した。(ノルマン・コンクエスト)

これにより、アングロ・サクソン人によるイングランドの支配は終焉し、ノルマン人によるイングランド支配がはじまった(ノルマン朝

※ノルマンコンクエストに関する記事
イギリスの歴史を変えたノルマンコンクエスト(ノルマン征服)の再現が行われた 

 

 

 

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