イギリス・ウェールズの歴史ーカムログ

ウェールズ語ではウェールズの事をカムリ(仲間)と言います。ウェールズの歴史、イギリスの歴史、アーサー王、イギリスの歴史に関連する内容を中心に記事を書いています。

アーサー王の最期の戦い 「カムランの戦い」の実在の場所は?

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こんにちは、たなかあきらです。

アーサー王物語に登場する人物や、場所の多くはモデルが存在します。

 

アーサー王が最後に戦ったとされる、「カムランの戦い」はどんな戦いかご存知でしょうか? 

「カムランの戦い」は、現在のどこで行われた戦いなのでしょうか?

 

アーサー王に興味のある人でしたら、とても気になる内容ですね。

「カムランの戦い」の概略 

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アーサー王と円卓の騎士たちは、ローマ帝国のルキウス皇帝との戦いまたは、ランスロットとの戦いのために、ヨーロッパ大陸に遠征していました。

アーサー王が遠征をしている間、留守を預かっていたモルドレッドが王妃グィネヴィアを奪って反乱を起こし、アーサー王は戦死したと言いふらして諸侯たちを取り込み、王の座を簒奪しました。

 

この知らせを聞き、アーサー王は急きょブリタニアへ帰還します。

そして、アーサー王とモルドレッドは「カムランの戦い」で激突しました。
※カンブリア年代記によると537年とされています

「カムラン」の傍には曲がった川が流れており、Camlannのcamには湾曲した(crooked)という意味があるそうです。


「カムランの戦い」はアーサー王にとって最期の戦いとなり、アーサー側が勝利したものの、両者とも致命傷を負いました。そして、アーサー王はアヴァロンの地に流されていきました。

参考記事👉アーサー王の墓 アヴァロンはどこにあるのか?

 

「カムランの戦い」の場所とは?

 

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カムラン(Camlann)の戦いが行われた場所はどこでしょうか?
カムランの場所には諸説あり、どこも興味深い場所です。
それぞれを簡単にご紹介します。


コーンウォールにあるスローター・ブリッジ(Slaughter Bridge)

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スローター・ブリッジはコーンウォールのキャメルフォードの街の北部にあります。 

スローター・ブリッジの戦場にあるキャメル川の土手には、「アーサー・ストーン」と書かれた「アーサーの墓石」があります。

キャメルフォードはアーサー王の都であるキャメロットではないか?という説があります。

 

またアーサー王はモルドレットと、ドーヴァー、ウィンチェスターで戦い、その後モルドレッドはコーンウォール方面に逃れていき、最後にカムランで戦った、という記述もあります。

これらから、スローター・ブリッジがカムランの戦いの場所である信ぴょう性はありますね。 

Slaughterbridge - Wikipedia

Camelford - Wikipedia


イングランド北部、カンボグラナ要塞(Camboglanna)

 

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カンボグラナ(現在はキャッスルステッズと呼ばれる)は、ハドリアヌスの城壁にある要塞の1つで、現在のイングランドとスコットランドの故郷近く(カーライルから30分程度)にあります。

 

ブリタニアがローマ帝国の支配下にあったとき、北からのピクト人の侵略を防ぐための要塞でした。

 

参考記事👉イギリスの世界遺産 「ハドリアヌスの長城」の歴史

 

カンボグラナ要塞の南側には、急な流れで滝もあるアーシング川があります。カムランにあるとされる”湾曲した川”はアーシング川でしょうか。

カムラン(Camlann)とカンボグラナ(Camboglanna)はスペルは似ていますが、コーンウォールなどイングランド南部を中心とするアーサー王との関連は薄いようにも思います。

 

しかし一方、アーサー王の都キャメロットは、イングランド北部のカーライルにあるという説もあり、カンボグラナのカムラン説も興味深いです。 

Camboglanna - Wikipedia

River Irthing - Wikipedia

 

参考記事👉アーサー王の城 キャメロットはどこだ? 6つの候補地を紹介

 

アーサー王のスコットランド説、ブリッジ・オブ・アラン(Bridge of Allen)

 

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ブリッジ・オブ・アランはカンボグラナよりさらに北部にあり、スコットランドのスターリンの北にあります。

ブリッジ・オブ・アランの街にはアラン川が流れています。

ブリッジ・オブ・アランがカムランの場所?という疑問は残りますが、もし「アーサー王のスコットランド説」が本当なら、興味深い場所と思います。

Bridge of Allan - Wikipedia

 

参考記事
👉これが映画キング・アーサーのモデル人物か? スコットランドのアーサー王伝説を追跡してみた

  

 

カムランの名の通り、ウェールズのガムラン川とカムラン谷

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ウェールズのスノードニア国立公園の南側にダヴィ川があり、ダヴィ川に沿ってダヴィ谷があります。ダヴィ川の続きがガムラン川(Gamlan)であり、その傍に「カムランの戦い」の場所であるカムランの谷(Camlan Vally)がある、と言う説です。

 

※こちらのカムランはCamlanと、カムランの戦いのCamlannと微妙にスペルが違う程度です

 

ダヴィ川(River Dyfi):Google マップ

Dyfi Valley Way (including map, GPS files and statistics)

 

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6世紀のウェールズで王位を争った戦いが起こりました。

オウァイン・ダントグゥイン(Owain Ddantgwin)と甥のマエルグウィンとの戦いです。2人はカムラン谷で戦ったとされ、結果はマエルグウィンの勝利でした。

しかし、オウァイン・ダントグゥインはアーサー王のモデル人物ではないか?、マエルグウィンはモルドレッドのモデル人物ではないか?と言う説があります。

 

私は、このガムラン川とカムラン谷が、「カムランの戦い」の場所ではないか?
強いダークホース的な場所と考えています。

参考記事👉アーサー王の実在のモデル人物を集めて アーサー王物語を構築してみた 

 

カムランの近く、カダー・イドリス(Cader Idris)

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カダー・イドリスはウェールズ北部~中部にあるスノードニア山脈の南端にある山(893m)で、ドルゲラウ(Dolgellau)の街の近くにあります。

カダー・イドリスは、ガムラン川の近くにあり、カムランの地ではないか?と言われています。

Cadair Idris - Wikipedia

 Cader Idrisへ行く前に!見どころをチェック - トリップアドバイザー

 

最後に

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アーサー王とモルドレッドが最後に争った、「カムランの戦い」の場所ではないか?

と考えられる候補地をご紹介いたしました。

どの場所が、本当のカムランなのかは、正直分かりません。

しかし、いずれの場所もカムランである可能性がありますし、それぞれの場所をカムランと思って戦いを想像すると、違ったカムランの戦いが見えてきて、楽しめると思います。

 

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