イギリス・ウェールズの歴史ーカムログ

ウェールズ語ではウェールズの事をカムリ(仲間)と言います。ウェールズの歴史、イギリスの歴史、ウェールズとの関わりが深いアーサー王などを中心に記事を書いています。

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「アーサー王の死」アーサー王とランスロット派に分かれた百年戦争の様な争い

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こんにちは、たなかあきらです。
アーサー王の物語で最も有名な書は、15世紀後半にウェールズ人の騎士トマス・マロリーによって書かれた「アーサー王の死」です。

円卓の騎士たちが、アーサー王ランスロット派に分かれて、争い合った場面が後半続きます。

その争いは、15世紀の時代背景を取り込んだものではないかと、僕は思うのです。

アーサー王の死」が描かれたのは、どんな時代背景だったのか?どう取り込んだ可能性があるのか? 僕の考えを書いてみることにしました。

 

 

アーサー王の死」が描かれた時代背景

 

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アーサー王の死」の内容は、アーサー王の出生にはじまり、円卓の騎士たちの活躍、ランスロットとグィネヴィアの不義、最後の戦い、アーサー王の死までを含む、中世のアーサー王文学の集大成ともいえる作品です。  

作者トマス・マロリーは、1450年代初期から作品の制作を開始し、1470年までにこの大作を完成したとされています。マロリーがアーサーの死を書いている時代は、ちょうどイングランドとフランスのあいだで争われた、百年戦争終結された時でした。

 

百年戦争とは、1337年~1453年の100年以上に及び断続的にイングランド王室とフランス王室で争われた戦争です。

イングランド王がフランス国内に領土を有し,フランスの王位継承権を争ったことが原因です。

途中幾度も停戦協定が結ばれましたが、戦争は断続的に続きました。イングランド優勢でしたが、最終的にはフランスが挽回しイングランドの勢力は大陸から一掃され終結しました。 

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この百年戦争が、マロリーが完成したと言われるアーサー王物語にも大きな影響を及ぼしているのでは、と考えています。

つまり、私の短絡的な考えですが、アーサー王物語の中には、アーサー王や円卓の騎士の活躍だけでなく、イングランドとフランスの戦争が暗に描かれているんじゃないかと思うのです。

 

イングランドとフランスに分かれる円卓の騎士

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主な登場人物をリストアップします。よく見ると、アーサー王の親類とランスロットの親類に二分する事が分かります。

そして、アーサー王の親類はイングランドアーサー王の時代ではブリタニア)の諸侯たちで、ランスロットの親類はフランスの諸侯たちです。 

 

主なアーサー王派(アーサー王の親類)

●King Arthur アーサー王エクスカリバーを持ったブリタニア

分かりやすいイギリスの英雄アーサー王の概要 

●Sir Gawain ガウェイン卿:アーサー王の甥。ロット王とモルゴースの息子。午前に力が3倍になる優秀な騎士。 

円卓の騎士ガウェイン。現実と伝説が混ざり合った騎士

●Sir Gareth ガレス卿:アーサー王の甥でガウェイン卿の弟。ランスロット卿に可愛がられるが、ランスロットに殺害される。

●Sir Gaheris    ガヘリス卿:アーサー王の甥でガウェインの弟。ランスロットに殺害される。

●Sir Agravain アグラヴェイン卿:オークニーのロット王の息子で、ガウェイン卿の弟。アーサー王の甥にも当たる人物。

 

主なランスロット派(ランスロットの親類)

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●Sir Lancelot ランスロット卿:アーサー王妃と不義の恋をする。最強騎士 

円卓の騎士、湖の騎士ランスロット

●Sir Ector de Maris エクター・ド・マリス卿:ランスロット卿の腹違いの弟。

円卓の騎士の間で内乱が起きると、ボールズ卿・ライオネル卿らとともにアーサー王と戦った。

円卓の騎士 エクター・ド・マリス卿 ランスロットの血は争えぬ

 

●Sir Galahad ガラハッド卿:ランスロット卿の息子。聖杯を見つける活躍をする。

円卓の騎士、聖杯探索で活躍したガラハッド卿

 

●Sir Lionel ライオネル卿:ボールズ王の息子で、ランスロット卿の従兄弟。ランスロット卿がアーサー王と対立すると、ライオネル卿はアーサー王軍と戦った。 

円卓の騎士、ライオネル卿のちょっと可哀そうな人

●Bors de Ganis ボールス卿:ランスロット卿の従兄弟で、聖杯探しでも活躍する。ランスロット卿派について活躍した。

ランスロット卿の味方、円卓の騎士「ボールス卿」


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アーサー王派の円卓の騎士とランスロット派の円卓の騎士が争うということは、マロリーが「アーサー王の死」を書いた時期が百年戦争が終わった頃である時代背景を考えると、イングランドとフランスの紛争を暗示してるのでは、と思うのです。

アーサー王物語の原形となる、「ブリタニア烈王史」には、ランスロットは登場せず)

ブリタニア列王史―アーサー王ロマンス原拠の書

 

では、アーサー王派とランスロット派による、イングランドとフランスの戦いは、どんな内容だったのか? 簡単に纏めました。

 

アーサー王派とランスロット派の戦い 

アーサー王ランスロットの対立原因

事件1、ランスロットとグィネヴィアの不倫現場発覚

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ランスロットとグィネヴィアは、カーライル城で不義密通の現場を、ガウェインの弟であるアグラヴェインとモルドレッド、さらに12人の騎士に見つかってしまいます。この時ランスロットはアグラヴェインと12人の騎士たちを殺害してしまいました。 

 

※12人の騎士たち:アグラヴェイン、コルグリヴァンス、マドール・ド・ラ・ポルト、ジンジャリン、メリオット、ぺティパス、ガルレオン、メリオン、アスタモール、グローメル・ソメール・ジュール、カースレオン、フローレンス、ロベルの各卿

 

そして、苦境に立たされたランスロットを助けようと、ボールス卿が騎士たちを集めたのです。


※ボールス卿が集めた騎士たち:ライオネル、エクトル・ド・マリス、ブラモア・ド・ガニス、ベレオベリス・ド・ガニス、ガハランチン、ガリホディン、ガリフッド、メナドゥック、ヴァリアルス、ヒーブス、ラヴェイン、ウルリー、ネロヴェウス、プレノリウス、ハリー、セリセス、メリアス・ド・リールなど他22騎士。さらに80人いや、140人も集まった様子

 

事件2、グウィネヴィアの火刑

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アーサー王の怒りを買い、王妃グィネヴィアは不義の罪で火あぶりの刑を命じられ、刑場に引き出されました。そこをランスロットは急襲し、警護に当たっていた多数の円卓の騎士たちを殺してグィネヴィアを救出する。この際に、ガウェインの弟ガレスとガヘレスを殺してしまうのです。

三人の弟を失ったガウェインはランスロット討伐を強硬に主張するようになりました。

 

※他にランスロットに殺された騎士たち:ベリアンス・ル・オルグルース、セグヴァリデス、グリフレット、ブランディレス、アグロヴァル、トール、ガウテル、ギリマー、レイノルズ三兄弟、ダマス、プリアムス、外人ケイ、ドリアント、ランべグス、ヘルミンデ、ペルティロープ、ぺリモネス、各卿の19名 

 

アーサー王ランスロット派へ分裂

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ランスロットとグィネヴィアを追討するために、アーサー王は国中に触れを出しました。しかし、人望あるランスロットを助けようと、円卓の騎士の半分がランスロット側についた。こうしてランスロットアーサー王を巡って円卓の騎士は二つに割れてしまったのです。

 

最初の戦い(喜びのとりで包囲戦)

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アーサー王は、ランスロットとグィネヴィアの立てこもる城を攻撃しました。この、「喜びのとりで」の町と城を包囲し15週以上も攻撃したが、落とすことはできませんでした。

 

一騎打ちによる対決も行われました。しかし、ランスロットは、アーサー王が一騎討ちを挑んできても応じませんでした。

ランスロット側のボールス卿とアーサー王が一騎打ちとなりました。ボールス卿はアーサー王を打ち倒し、殺すチャンスを得たのです。

アーサー王、ピンチ。ボールスは剣を抜いてアーサー王の首を落とそうとしましたが、ランスロットはそれを止めて王の命を助けました。

 

ランスロットは、自らが原因で円卓の騎士が二分してしまったことを後ろめたく思い、アーサー王に刃を向くことが出来なかったのでした。

 

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アーサー王ランスロットの戦いの噂は、キリスト教の全部の国に伝わり、ローマ教皇の耳に達しました。ローマ教皇ロチェスター司教をカーライルに派遣し、仲裁を行っいました。グィネヴィアはアーサー王のもとに返され、一年間の休戦となりました。

ランスロットランスロット派の円卓の騎士たちはフランスへと渡りました。

 

ランスロットは自分の家臣たち(円卓の騎士)に各地の領土を分け与えて活躍に報いました。そして、他の立派な騎士たちも一人残らず昇進させました。

(例)

ライオネル卿・・・フランス国王
ボールス卿・・・クラウダス王
エクトル・ド・マリス卿・・・ベンウィックとギュイエンヌ王

 

再び戦い(ベンウィック城市の包囲戦)

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アーサー王はモルドレッドをイングランドの最高統治者に任じ、グィネヴィアをモルドレッドの監視下に置いきました。

休戦の一年が過ぎると、アーサー王は6千名に上る大軍を整え、海を渡ってフランスへ攻め込んだのです。

円卓の騎士どうしの戦いをしたくないランスロットは、使者を送って和議を申し出ました。しかし、三人の弟を殺されたガウェインは、この申し出を受け入れないようアーサー王にせまりました。

 

 

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アーサー王軍はベンウィックの城市をぐるりと包囲をし、攻撃を仕掛けました。

ガウェインはボールス卿とライオネル卿と一騎打ちを行い、ともに勝利しました。そして次は、ガウェインはランスロットと一騎打ちを行いました。今度は逆に、ガウェインは重傷を負ってしまいます。

こうして、一月が経ってもまだアーサー王ランスロットはフランスで戦っていました。

 

アーサー王の最期(カムランの戦い)

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その間に最高統治者モルドレッドがイングランドで反乱を起こします。「アーサー王につけば、一生、戦いや争いごとばかりだが、モルドレッドにつけば、大きな快楽や喜びがある」と信じさせ、イングランド諸侯と多くのランスロット派を味方につけたのでした。

 

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ようやくランスロットとの和議を受け入れたガウェインは、先発隊としてイングランドに渡りますが、ランスロットとの一騎討ちで受けた傷の上を打たれ、それがもとで死んでしまいました。

アーサー王は、ガウェインの霊が枕元に立って「ランスロットと合流してから会戦に挑め」と忠告したにも関わらず、和議に失敗して単独でモルドレッドに挑んでしまいます。

このカムランの戦いで、アーサー王とモルドレッドは相討ちとなり、アーサー王に従った円卓の騎士の大半も討ち死にしてしまいました。

 

無二の親友であったガウェインや主君のアーサー王、多くの円卓の騎士の死に責任を感じたランスロットは出家を決意します。その後、グィネヴィアの死を知るとランスロットも生涯を閉じました。 

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 最後に

 

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百年戦争は、イングランド優勢で、ジャンヌ・ダルクの出現で形勢は逆転し、結果的にフランスの勝利となりました。

 

アーサー王ランスロットの戦いは、特にランスロットは気が進まない戦いですが、フランスのランスロット派がやや優勢に進みます。しかし、モルドレッドの反乱で全ては破壊され、円卓の騎士たちはほぼ全滅する悲劇的な結末になります。

二つの戦いの内容や、意味合いは全く違いますが、マロリーの「アーサー王の死」を読んだ15世紀後半の人々は、百年戦争を思い浮かたのではないか、と思います。

※マロリー版においては、双方の対象であるアーサー王ランスロット卿ともにあまり戦争には乗り気ではなく、ガウェイン卿やボールス卿といった部下にけしかけられ仕方なく戦争をしている。

これは、薔薇戦争時、王権が弱く、大貴族におしきられ戦っていた当時のイングランドとの類似性が指摘されている。

 

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